大河ドラマ「豊臣兄弟!」で、松下洸平さんが演じる徳川家康は、秀吉との和睦と対立のあいだで存在感を増しています。家康のお墓と聞くと日光東照宮を思い浮かべる方が多いかもしれませんが、実は最初にご遺骸が埋葬されたのは静岡の久能山(くのうざん)で、そのほかにも家康ゆかりの場所がいくつもあります。この記事では、それぞれの場所の位置づけの違いと、参拝に役立つ情報を、公式サイトなどの情報をもとに整理します。
徳川家康のお墓はどこ?久能山・日光・大樹寺の違いと行き方、参拝の作法【豊臣兄弟!(松下洸平さん演)】
徳川家康のお墓はどこにある?久能山と日光、ゆかりの寺社の違い
家康を祀る場所は複数あり、一般に「お墓」として参拝されるのは、次の2か所です。
- 久能山東照宮(静岡県静岡市):家康の遺言により、最初にご遺骸が埋葬された場所です。境内の奥に神廟(しんびょう)があります。
- 日光東照宮(栃木県日光市):元和3年(1617年)、家康の遺言により久能山から現在の地に移されて祀られました。最奥部の奥宮に、家康の御宝塔があります。
そのほか、家康の遺言に登場する寺院や、墓所と混同されやすい場所もあります。下の表で、役割の違いを確認してください。
家康ゆかりの主な場所と、家康との関係(公式情報をもとにした整理)
| 場所 | 家康との関係 |
|---|---|
| 久能山東照宮(静岡市) | 遺言により最初に埋葬。神廟がある |
| 日光東照宮(日光市) | 久能山から移され祀られた。奥宮に御宝塔 |
| 大樹寺(愛知県岡崎市) | 遺言で位牌を納めるとされた寺。松平八代の墓がある |
| 増上寺(東京都港区) | 遺言で葬儀を行うとされた寺。家康の墓ではない |
ご遺骸は日光に移されたのか
久能山東照宮の公式サイトによると、家康の遺言には「久能山に埋葬すること」「江戸の増上寺で葬儀を行うこと」「三河の大樹寺に位牌を納めること」、そして「一周忌のあとに日光山へ小堂を建てて勧請(神霊を迎えること)すること」が示されていたとされています。
日光東照宮の公式サイトは、家康が「久能山より現在の地に移されおまつりされた」と説明しています。一方で、このとき実際にご遺骸まで移されたのか、神霊だけを迎えたのかについては、解説によって見方が分かれており、久能山・日光の双方で発掘調査は行われていないとする紹介もあります。そのため、この記事ではどちらかに断定せず、「久能山と日光の両方が、家康を祀る大切な場所として今も参拝されている」と整理します。
なお、大坂夏の陣で家康が亡くなったとする説にまつわり、大阪府堺市の南宗寺に家康の墓と伝わるものがある、と紹介する書籍やサイトもあります。これは通説ではなく伝承の域を出ないため、本記事では詳しく扱いません。
徳川家康とはどのような人物だったのか
徳川家康は、天文11年(1542年)12月26日、三河国(現在の愛知県)の岡崎城主・松平広忠の嫡男として生まれました。幼名は竹千代です。幼少期から今川氏や織田氏のもとで人質として過ごし、桶狭間の戦い(1560年)で今川義元が討たれたあとに岡崎へ戻って自立しました。その後は織田信長と結んで勢力を広げ、のちに徳川姓を名乗ります。
信長の死後は、豊臣秀吉と小牧・長久手の戦い(1584年)で対峙したのち、秀吉に臣従する道を選びました。秀吉の死後、慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いに勝利し、慶長8年(1603年)に征夷大将軍となって江戸に幕府を開きます。慶長10年(1605年)に将軍職を子の秀忠に譲ったあとも、駿府(現在の静岡市)で大御所として政治に関わり、大坂の陣(1614〜1615年)で豊臣氏を滅ぼしました。
亡くなった経緯と、久能山・日光への道のり
家康は元和2年(1616年)4月17日、75歳で亡くなりました。久能山東照宮の公式サイトによると、正月に田中(現在の静岡県藤枝市周辺)で発病し、駿府城で療養していたとされています。
遺言どおり、ご遺骸は久能山に埋葬されました。翌元和3年(1617年)2月、朝廷から「東照大権現」の神号が贈られ、同年4月17日、日光で正遷宮(しょうせんぐう)の儀が営まれました。この儀式には、2代将軍の秀忠が参列したと日光東照宮の公式サイトに記されています。社号は当初「東照社」で、正保2年(1645年)に宮号が宣下されて「東照宮」となりました。
ドラマ「豊臣兄弟!」での徳川家康役・俳優の松下洸平さんと史実の違い
大河ドラマ「豊臣兄弟!」で徳川家康を演じているのは、俳優の松下洸平さんです。NHK公式サイトによると、第39話「茶々の本心」(10月11日放送予定)では、秀吉が石川数正(演:迫田孝也さん)を大坂城に呼んで徳川と真田の和睦を命じますが、家康は和睦を拒み、豊臣との戦に備え始める場面が描かれるとされています。続く第40話「あさひの輿入れ」(10月18日放送予定)は、秀吉の妹・旭姫が家康に嫁ぐ展開です。(※第41話以降の展開は、NHK公式の公開範囲を超えるため、この記事では扱いません。)
では、史実ではどうだったのでしょうか。一般に通説とされる流れは次のとおりです。
- 天正12年(1584年)の小牧・長久手の戦いで、家康は秀吉と対峙しました。
- 天正13年(1585年)、家康の重臣だった石川数正が家康のもとを離れ、秀吉に仕えました。
- 天正14年(1586年)、旭姫が家康のもとに嫁ぎ、同年10月、家康は大坂城で秀吉に面会して臣従しました。
ドラマでの人物どうしの会話や心情、細かな場面設定は、脚本による創作を含みます。「ドラマで描かれた場面がそのまま史実だった」とは限らないため、気になった方は、今回の放送を入口に史実の流れもあわせて確かめてみてください。
家康と関わりの深い人物と、ゆかりのお墓
家康のお墓参りを計画するなら、同じ「豊臣兄弟!」に登場する関係者のゆかりの地とあわせて訪ねる、という楽しみ方もあります。SOBANIでは、次の人物のお墓・ゆかりの地を取り上げています。
- 旭姫(あさひ):秀吉の妹で、家康のもとに嫁ぎました。京都の南明院と、静岡市の瑞龍寺が知られます。(旭姫のお墓を解説した記事)
- 豊臣秀吉:京都・阿弥陀ヶ峰の豊国廟。(豊臣秀吉のお墓を解説した記事)
- 豊臣秀長:奈良県大和郡山市の大納言塚。(豊臣秀長のお墓を解説した記事)
- 淀殿(茶々):大阪の太融寺の供養塔など。(淀殿のお墓を解説した記事)
旭姫と家康の縁は、静岡とも結びついています。旭姫の供養の地とされる瑞龍寺は静岡市にあり、久能山東照宮と同じ静岡エリアで巡ることも可能です。
家康のお墓への行き方・拝観時間と料金
以下は、2026年10月時点で公式サイトなどから確認できた情報です。拝観時間や料金は変更されることがあるため、訪問前に必ず各公式サイトでご確認ください。

久能山東照宮(静岡県静岡市駿河区)
- 拝観時間:通年で午前9時〜午後5時、年中無休(受付は終了10分前まで)。
- 拝観料:個人の大人(高校生以上)は社殿700円、博物館600円、共通1,200円。小・中学生は社殿300円、博物館300円、共通500円です。公式の拝観料案内には、神廟だけの別料金の記載はありません。
- 神廟まで:御社殿から廟門を通って神廟まで、およそ5分です。公式FAQでは、御社殿で参拝してから神廟へ、最後に博物館という順番がすすめられています。
- 石段とロープウェイ:久能山下から表参道の石段を歩くと1,159段、約20分かかります。日本平ロープウェイ(約5分)を使う方法もあり、往復は大人1,250円です。車いすでの参拝は、石段のみでスロープがないため難しいと案内されています。
- 電車・バス:JR静岡駅からしずてつジャストラインの日本平線で、終点「日本平ロープウェイ」まで約45分(大人710円)。日本平山頂には無料駐車場(200台)があります。
日光東照宮(栃木県日光市)
- 拝観時間:4月1日〜10月31日は午前9時〜午後5時、11月1日〜3月31日は午前9時〜午後4時。受付は閉門の30分前に終了します。
- 拝観料:単独拝観券は大人・高校生1,600円、小・中学生550円(個人)です。奥宮は拝観区域に含まれていますが、公式の料金案内に奥宮だけの別料金の記載は見当たりません。祭典や修理工事などで一部拝観が制限される場合があるため、事前に社務所(0288-54-0560)へ問い合わせると安心です。
- 奥宮まで:家康の御宝塔は境内の最奥部にあり、奥宮へ向かう石段は207段とされています(観光ガイドによる情報。公式での確認をおすすめします)。
- 電車・車:東京の浅草から東武日光まで特急で約1時間50分、JR宇都宮駅からJR日光線で日光まで約45分。車は日光ICから約2kmで、東照宮大駐車場(普通車600円、200台)があります。
大樹寺(愛知県岡崎市)
- 拝観時間:午前9時〜午後4時(受付は午後3時30分まで)、年中無休。
- 拝観料:宝物の拝観は大人500円、小・中学生300円です。
- 見どころ:松平八代の墓や、歴代将軍の等身大の位牌があります。山門から岡崎城を望む約3kmの直線は「ビスタライン」と呼ばれます。
- アクセス:名鉄東岡崎駅から名鉄バスで「大樹寺」下車、徒歩約10分。駐車場に限りがあるため、公共交通機関の利用がすすめられています。
増上寺(東京都港区)
家康が遺言で葬儀を営むよう定めた寺で、境内の徳川将軍家墓所には、2代秀忠をはじめとする将軍やその正室が眠っています。公式サイトによると、家康自身がここに埋葬されたという記載はありません。拝観は、平日11:00〜15:00、土日祝10:00〜16:00(火曜休み)、拝観冥加料は大人500円です。令和8年(2026年)10月27日〜12月1日は休所期間と案内されているため、訪問前に公式サイトで最新情報をご確認ください。
お墓参りのマナーと、遠方で行けない場合の供養
久能山東照宮は、御社殿でも神廟でも「二拝・二拍手・一拝」の作法で参拝するよう公式に案内されています。日光東照宮など神社の形式をとる場所でも、基本は同様です。大樹寺や増上寺のような寺院では、合掌して静かに手を合わせます。どの場所でも、境内の案内表示や係員の指示に従い、立入が制限されている場所には入らないようにしましょう。
石段が長い場所が多いため、歩きやすい靴や、飲み物、天候への備えがあると安心です。久能山では、神域内での飲食を控えるよう案内されています。
遠方でお墓参りが難しい方や、ご自身やご家族の供養の場を身近に持ちたい方には、自宅で納骨できるミニ骨壺「ZAYU(自宅納骨のミニ骨壺)」という選択肢もあります。歴史上の人物のお墓参りを通じて、供養のあり方に関心を持たれた方は、手元供養についても知っておくと役立ちます。
身近な場所で供養をしたい方へ
お墓の形は、時代とともに変わってきました。遠方のお墓参りが難しい場合や、お骨の一部を自宅に置いて供養したい場合には、手元供養という方法があります。
【参考にした主な情報】久能山東照宮公式サイト(徳川家康公について/拝観料/交通案内/よくあるご質問)、日光東照宮公式サイト(拝観時間・拝観料/アクセス)、愛知県観光サイトAichi Now「大樹寺」、増上寺公式サイト「徳川将軍家墓所」、NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイト。
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