従来の供養と言えば、お墓を建てて埋葬するというものでした。しかし、21世紀に入り、ライフスタイルが急激に変化する中で、供養もさまざまなスタイルが登場しています。その中の1つで注目を浴びているのが”散骨”です。墓石を建てる必要がなく、遺骨があとに残るわけでもないことから、これまでの供養の方法に違和感や負担を感じていた人たちに選ばれています。
しかし、実際の実施率は1%に満たず、法整備も行われていないために、現状ではまだまだ少数派の供養だと言わざるを得ません。そのため、散骨がどういうものなのか分からないという人も多くいるのではないでしょうか。この記事では、散骨がどうして注目されているのか、どういう流れで行われ、費用がどれくらいかかるのかなどを、詳しく解説していきます。
1. 散骨は”自然葬”のうちのひとつ
散骨について考える前に、まずは”自然葬”という考え方があるということに着目してほしいと思います。
1-1. 日本人が昔から持つ「自然に還る」という感覚
自然葬という言葉の定義はとても広く、死後の自身の生命を大自然に還して循環させて行くという壮大な死生観の中で捉えられます。
日本の仏教には「山川草木悉有仏性」という言葉があります。この自然界の全てのものに「仏性」が込められているという考え方です。これは、仏教と言ってもインドなどには見られない日本独特の考え方だとされています。太古より森羅万象、この世のありとあらゆる自然物や自然現象を畏怖し、信仰してきた日本人の特性を表しています。ですから現代においても日本人は、「自然に還る」という感覚をすんなり受け入れられるのかもしれません。
1-2. 世界中で行われるさまざまな自然葬
自然葬と呼ばれるものには実にたくさんの方法があります。
「風葬」・・・遺体を風にさらして自然に白骨化するのを数年待ちます。
「鳥葬」・・・主にチベットなどで行われる方法です。高地で火葬のための薪が取れず、地盤が固いために土葬もできないために、彼らは遺体を鳥に啄ませたのです。そして空を飛ぶ鳥を見て、魂が天に昇るものだと信じているのだそうです。
「水葬」・・・遺体や遺骨を川や海に流します。インド人がガンジス川に死者を流すことはあまりにも有名です。
「土葬」・・・世界中で現在も最もポピュラーな供養の方法でこれも自然葬の1つと言えます。
この他にも、地域や風土に合わせてさまざまな自然葬がありますし、そもそも人類の死者供養はすべて「遺体を自然に還す」という点においては共通しているのです。
1-3. 火葬率99%の日本も、かつては土葬が主流だった
従来の日本では、土葬が主流で、広い地域で行われていました。葬儀のあと、葬列を組んで村はずれの墓地に柩を埋葬する光景を、映画などで観たことはないでしょうか?いまでこそ日本は、火葬率が99.99%という世界でも類を見ない火葬大国です。しかし、鯖田豊之『火葬の文化』(新潮選書)によると、1900年の日本の火葬率は29.2%、1950年になってようやく54.0%に到達するほどでした。
日本で火葬が行われていたのはむしろ浄土真宗が盛んな地域だったと言われています。浄土真宗では、亡き人は阿弥陀如来の力によって極楽浄土に往生すると考えられ、先祖を個別に供養するという教えがありませんでした(いまでも位牌を不要とします)。死後の成仏において、浄土真宗の教えでは遺体や遺骨にそこまで執着しなかったのです。
2. 平成に入り登場した2つの自然葬「樹木葬」と「散骨」
平成に入って自然葬が注目を浴び始めたのは、明らかに従来のお墓のあり方が社会に合わなくなってきたからです。少子高齢化や地方から都市へと大きく人口移動した社会背景などからライフスタイルに大きな変化が生じ、先祖代々のお墓を維持することが困難になってきたのです。
墓じまいをする人が急増し、それに伴ってこれから亡くなった人の供養の方法としても、お墓は敬遠されだしました。その一方で、墓じまいが手軽にできる方法として樹木葬が選ばれ、墓じまいすら不要な方法として散骨が注目を浴びたのです。
2-1. 樹木葬とは、石ではなく、樹木を礼拝物としたお墓
従来のお墓は石を用いましたが、樹木葬は石を用いず、樹木を礼拝の対象としました。 樹木葬は「里山型」と「霊園型」に分けられます。
「里山型」は大自然の里山全体を墓地と見立てます。石碑や石板やカロートなど、こうした人工物は原則として用いないため、真の意味で自然葬と言えるでしょう。
一方、市街地で行われる樹木葬は「霊園型」に分類されます。霊園の中で割り当てられた区画に遺骨を納骨し、その上に樹木を植樹します。あるいはシンボルツリーの周りに個別のカロートを設けて納骨する方法、他の人の遺骨と合葬するかたちで納骨する方法などもあります。埋葬した場所には石碑や石板を置くことが多く、霊園型の場合はカロートも含めて、「樹木葬」とは呼ぶものの人工物を使用するのです。
2-2. 散骨とは、山や川や海に遺骨を撒く葬法
「散骨」と聞くと、海への散骨を連想する人が多いと思うのですが、実際には山や川も含めた自然に対して遺骨を撒くこと全般を散骨と呼びます。ただし、山や川は人々の生活空間に密接しており、さまざまな苦情やトラブルの元になるために、いまでは散骨と言えば海洋散骨という認識が定着しています。
2-3. 平成に入って自然葬が注目されだした具体的な要因
自然葬そのものは大昔から世界中で行われてきたのに、平成に入り、改めて樹木葬や散骨などの自然葬が注目されだした。その理由はライフスタイルの多様化によって、従来のお墓では維持が大変だという問題が出てきたからです。その具体的な要因には次のようなものが挙げられます。
離れたお墓の維持の困難性
お墓とは、世代を超えて維持されるものですが、祖父母や親と子が別々の場所で生活するのが当たり前の時代です。すると、どうしても距離的に故郷のお墓の維持が困難になります。少子高齢化、核家族化、都市化などは、すべてここに集約されるでしょう。
宗教観の変化、寺離れ
都市化や核家族化が進むことで、伝統的な葬送文化の受け継ぎが困難になり、新しい世代ほど宗教やお寺が疎遠になります。
バブル期の消費スタイルへの反発
バブル期の過剰な葬儀や供養への反発も見られます。 バブル期は葬儀が派手になり、お墓ブームに沸いた時代ですが、バブル崩壊後の葬儀は、こぢんまりとした家族葬が主流となり、お墓を手放す人が急増するようになりました。
経済事情
バブルが崩壊してからの日本は長期的な不況に突入しました。供養にお金をかけることに意味が感じられないという人が増えました。また少子化により、子ども一人にかかる親の葬儀や供養の負担度合いが大きくなっているという背景もあります。樹木葬や散骨など、建墓よりも費用を安く抑えられる方法が選ばれるようになりました。
衛生上の問題がなくなった
日本は火葬率が99.99%にも上昇し、衛生面の問題がなくなったことから、多様な埋葬や供養の方法が可能になりました。
終活ブーム
自分の死や供養を自分で考える「終活」がブームを迎えていることにより、子の世代に供養を任せるのではなく、自身で供養の希望を言い残せるようになりました。「海にまいてほしい」という故人の遺志を尊重するかたちで、散骨が行われています。
3. 散骨の方法
いざ散骨をするとなると、どのような手順で進めていけばいいのでしょうか。ここでは、散骨の中でも最もポピュラーな、海洋散骨を例にとってその方法や流れを見ていきます。
3-1. 遺骨を粉末状にする
散骨は、火葬された遺骨をそのまま撒くわけではありません。もしも白骨のまま遺骨を撒いてしまったら死体等遺棄罪に問われる可能性も生じますので留意が必要です。
まずは遺骨をパウダー状にします。これを粉骨(ふんこつ)と呼びます。遺骨をパウダー状にするには、粉骨を受け入れてくれる業者に相談しましょう。骨を小さく細かく砕くというのは、自分の手でできないわけでもありません。インターネットなどでは粉骨用のキットも販売されていますので、それを用いてもよいでしょう。
3-2. 喪服は着ない カジュアルな服装で
散骨当日は、業者が指定する港に集合します。服装は基本的には平服です。喪服を着てしまうと周囲に散骨であることが知れてしまうためです。いまでもまだまだ散骨のことをよく思っていない人もいるからもしれないため、散骨業者は平服での散骨を勧めています。あくまでもクルージングとして出航するのです。
3-3. 散骨スポットに到着し、遺骨を撒く
海には、海水浴やサーフィンなどのレジャーを楽しんでいる人もいますし、漁業を営んでいる人もいるために、散骨を執り行うためには十分な配慮が求められます。
現場にもよりますが、港からは30分程度離れた沖合に出て、散骨スポットを探します。スポットに到着すると遺骨を撒き、花や酒を撒き、宗教者による立ち合いを希望するのであれば、その場で読経やお祈りをしてもらえます。
4. 散骨の費用
散骨の費用は、散骨の方法によって異なりますが、それらの多くはお墓を建てるよりもはるかに安い費用で行えます。散骨には主に次の3つの方法があります。
4-1. 委託散骨 3万円~10万円
委託散骨とは、家族が散骨に立ち会わずに、業者に委託することです。業者は遺骨を預かり、遺骨の数が一定数集まった段階で船を出し、散骨します。
4-2. 合同散骨 10万円~20万円
合同散骨とは、複数の家蔵が1艘の船に乗り合わせて散骨を行う方法です。複数の家族で船をチャーターするので、比較的安価に散骨を執り行えます。
4-3. 個別散骨 20万円~30万円
ひとつの家族が船を貸し切って散骨を行います。周囲に他の家族がいないために、自分たちが望むような雰囲気の中で気兼ねなく散骨ができます。船1艘をチャーターする分、費用はどうしても高くなってしまいます。
5. 散骨の注意点
散骨はまだまだ新しい形の供養のスタイルです。マスコミやメディアが取り上げ、認知はされ出しているものの、実際に散骨をしている人はごく少数です。社会的な認知度も低いために、さまざまな面で注意しなければなりません。
5-1. 故人や先祖を偲ぶ場所は
どの時代でも遺された人は亡き人を偲びながら生きていきます。日本ではその役割をお墓が担ってきました。そのため、散骨をしてしまうことで、死者や先祖に対して個別に手を合わす場所がないことに満足感を得られないという声があるのも事実です。散骨は一度してしまうと、遺骨が帰って来ないため、充分に検討してから行いましょう。
中には分骨をする人も多くいます。分骨とはお骨を分けることですが、一部をお墓への埋葬や手元供養とし、一部を散骨するのです。遺された者は遺骨に手を合わせられ、その上で故人の希望を叶えたかたちになります。
5-2. 第三者からのクレーム
散骨そのものがまだまだなじみがないために、さまざまな方面からのクレームや苦言も起こりえます。親族に理解を得られないために苦言を呈されることもあるでしょう。
近隣住民にとって、自分たちの生活圏内に遺骨が撒かれることはいい気持ちがするものではありません。農業や漁業を営んでいる人たちの中では、風評被害を心配する声も上がっています。明確な法整備が行われていない面も、安心感を与えられていない原因でしょう。