「相続税の節税対策」と聞くと、被相続人が生前にするもの、と思っている方も多いかもしれません。確かに、長期にわたって孫などに少額ずつ金銭を贈る生前贈与や、相続人を受取人にした生命保険に入っておくこと等は、相続税の節税対策として有効な手段です。しかし、生前だけではなく、被相続人が亡くなってから遺産分割をする際にも、将来の相続税節税のためにできることがあります。今回は、一次相続と二次相続の違いや相続税額の比較シミュレーション等、相続開始後でも間に合う、将来の相続税節税につながる賢い遺産分割の方法について詳しくご紹介します。
本文中で何度も出てくる用語ですが、以下のように定義します。
用語の定義
被相続人:財産を残して亡くなった人。この人の財産を分けるのが遺産相続。
法定相続人:民法によって定められた被相続人の財産を相続する権利を持つ人。被相続人との婚姻関係や血縁によって決まる(例:配偶者や子どもなど)。詳しくはこちらの記事をご参考ください。
相続人:一般的には相続人=法定相続人と解釈されている。稀に相続人=法定相続人+法定相続人以外で財産を受け取ることになった人や団体、と何らかの形で遺産を受け取る人や団体全体をさす場合がある。
遺産分割協議:被相続人が法的に有効な遺言状を残していない場合に、相続人によって、被相続人が作った遺産を、誰がどれをどれくらい分け合うかについて話し合うこと。この結果をまとめて、書面にしたのが「遺産分割協議書」。法定相続は、遺産分割協議の際に参考となるが、法定相続どおりでなければいけない、という拘束力はない。
遺産分割協議書:遺産分割について相続人全員が話し合い、納得した遺産分割協議の結果を書いた書類。この遺産分割協議書に沿って、遺産を分割する。
1. 二次相続とは?
相続には一次相続と二次相続があります。例えば両親と子2名という家族において、最初に父親が亡くなり、母親と子2名が遺産を相続するのが一次相続です。二次相続とは、最初の相続(=一次相続)の後に起きる相続のことで、一次相続の後に母親が亡くなり、子2名が母親の遺産を相続するのが、二次相続にあたります。二次相続では、親世代の財産を子世代が全部相続することになります。
2. 相続税から考える一次相続と二次相続の違い
一次相続と二次相続では相続税の課税方法に違いがあります。この点を考慮しておかないと、一次相続の段階では節税できたとしても、二次相続の時に大きく相続税がかかる可能性が出てきます。
このような逆転現象が起きるのはなぜでしょうか?次に、相続税から考える一次相続と二次相続の主な違い3点について解説していきます。
2-1. 二次相続では「配偶者に対する税額軽減」が使えない
相続税法では配偶者に対して優遇措置を設けているので、次の場合には配偶者に相続税はかかりません。
配偶者の相続分≦法定相続割合(=相続財産全体の1/2)or1億6千万円
例
被相続人:父
相続人:母、子AとB
- 被相続人の残した財産全体は2億円
- 一次相続では、配偶者である母は法定相続分である財産全体の半分、1億円を相続します。1億円は1億6千万円以下なので、母は1億円を無税で相続できることになります。
- ところが二次相続では、母が亡くなったので子どもAとBは「配偶者に対する税額権限」が利用できず、基礎控除額だけしか利用できないということになります。
2-2. 二次相続では一次相続よりも相続人数が減る
二次相続では、一次相続の時よりも相続人数が減ります。そのため、基礎控除額や生命保険金・死亡退職金の非課税枠も少なくなります。
相続税の基礎控除額=3,000万円+(600万円×法定相続人の数)
例
一次相続
法定相続人:母、子AとBの計3人
基礎控除額:3,000万円+(600万×3人)=4,800万円
二次相続
法定相続人:子AとBの2人
基礎控除額:3,000万円+(600万円×2人)=4,200万円
- 二次相続では一次相続より基礎控除額が600万円減額されます。
- 生命保険金と死亡退職金については、「500万円×法定相続人数」によって計算された額が非課税枠となります。ここでも一次相続より二次相続の法定相続人数が減っています。(例)の場合は、非課税枠が500万円少なくなります。
2-3. 二次相続では、相続人1人当たりの相続税額が多くなる
二次相続では、相続人1人当たりの相続財産の額が多くなり、相続税額も多くなります。これも2-2と同様に、相続人の数が減るために起きる現象です。
相続税法では、各相続人が法定相続分を受け取ったと仮定して、その金額に合わせた累進課税率が適用されます。二次相続で相続人数が減少すれば、各人の法定相続割合に相当する財産の額は増加し、これに累進税率が適用されます。つまり、二次相続では一次相続と相続財産の総額が同じでも、分ける人数が少なくなるため、各相続人の相続税の負担割合は、一次相続よりも大きくなるということになります。
こうしたことから、二次相続で子が相続する財産額が大きくなると、一次・二次を通して考えた場合には、合計の相続税額も大きくなる可能性が高くなるのです。
3. 相続税額の比較シミュレーション
では次に、一次相続の際に受け取る配偶者の相続割合を変えて、3つのパターンについて一次相続と二次相続でかかる相続税額全体を比較してみましょう。(相続税の計算は本章最後の※相続税額の計算方法によります。)
例
一次相続
被相続人:夫
相続人:妻、子AとB
夫が作った相続財産の総額:1億円
妻が作った財産:0円
基礎控除額:4,800万円(3,000万円+600万円×3人)
二次相続
被相続人:妻
相続人:子AとB
夫が作った相続財産の総額:1億円
妻が作った財産:0円
基礎控除額:4,200万円(3,000万円+600万円×2人)
3-1. 一次相続で妻が配偶者税額軽減を限度まで使った場合
一次相続で、配偶者の相続税軽減制度が使える妻が全ての財産を受け継ぎます。すると受け継いだ合計金額は1億円で、上限の1億6千万円以下になるので、一次相続での相続税額は0円です。二次相続の相続税額は770万円となり、一次、二次相続の税額は合計770万円になります。
|
妻 |
子どもA |
子どもB |
合計 |
一次相続 |
受け取る財産額 |
1億円 |
0円 |
0円 |
1億円 |
相続税額 |
630万円 |
0円 |
0円 |
630万円 |
配偶者の税額軽減額 |
-630万円 |
0円 |
0円 |
-630万円 |
差し引き納税額 |
0万円 |
0円 |
0円 |
0万円 |
二次相続 |
受け取る財産額 |
0円 |
5,000万円 |
5,000万円 |
1億円 |
相続税額 |
0円 |
385万円 |
385万円 |
770万円 |
一次・二次相続税額合計 |
0万円 |
385万円 |
385万円 |
770万円 |
3-2. 一次相続で法定相続分どおりに分けた場合
一次相続で法定相続分どおりに分けた場合は、一次相続の納税額は290万円、二次相続の相続税額は80万円となり、一次、二次相続の税額は合計370万円になります。
|
妻 |
子どもA |
子どもB |
合計 |
一次相続 |
受け取る財産額 |
5,000万円 |
2,500万円 |
2,500万円 |
1億円 |
相続税額 |
340万円 |
145万円 |
145万円 |
630万円 |
配偶者の税額軽減額 |
-340万円 |
0円 |
0円 |
-340万円 |
差し引き納税額 |
0万円 |
145万円 |
145万円 |
290万円 |
二次相続 |
受け取る財産額 |
0円 |
2,500万円 |
2,500万円 |
5,000万円 |
相続税額 |
0円 |
40万円 |
40万円 |
80万円 |
一次・二次相続税額合計 |
0万円 |
185万円 |
185万円 |
370万円 |
3-3. 相続人3人がほぼ均等に分けた場合
一次相続で相続人3人がほぼ均等に分けた場合、相続税額は一次相続では415.8万円、二次相続では相続額が基礎控除額以下なので無税(=0円)となり、一次、二次相続の税額は合計415.8万円になります。
|
妻 |
子どもA |
子どもB |
合計 |
一次相続 |
受け取る財産額 |
3,400万円 |
3,300万円 |
3,300万円 |
1億円 |
相続税額 |
214.2万円 |
207.9万円 |
207.9万円 |
630万円 |
配偶者の税額軽減額 |
-214.2万円 |
0円 |
0円 |
-214.2万円 |
差し引き納税額 |
0万円 |
207.9万円 |
207.9万円 |
415.8万円 |
二次相続 |
受け取る財産額 |
0円 |
1,700万円 |
1,700万円 |
3,400万円 |
相続税額 |
0円 |
0万円 |
0万円 |
0万円 |
一次・二次相続税額合計 |
0万円 |
207.9万円 |
207.9万円 |
415.8万円 |
3-4. 相続税額の比較シミュレーションの結果
3つのシミュレーションの結果を見比べてみると、次のようなことが分かりました。
- 一次相続時点で相続税額が最も少ないのは「3-1. 配偶者税額軽減の枠を最大に利用した場合」だが、二次相続の際には最も大きな金額を子ども2人で相続することになるため、二次相続の際の相続税額が3つの中で最も高額になった。その結果、「一次相続で妻が配偶者税額軽減を限度まで使った場合」が、一次と二次相続で支払う相続税額の合計が一番高くなった。
- 「3-2. 一次相続で法定相続分どおりに分けた場合」は、一次相続の時点では、納税額は290万円となり、3つの中では2番目に多く支払うという結果だった。しかし、一次相続と二次相続で支払う相続税の合計として考えてみると、最も低い370万円だった。
このように、一次相続だけ考えていたのでは見落とす部分が出てくることがあるので、一次相続の際に二次相続までを視野に入れて遺産分割を考えると、結果的に相続税全体の節税に繋がるということが、3つのシミュレーションからお分かりいただけたかとと思います。
一次相続の時点で、「配偶者の税額軽減措置」があるために、「遺産分割について話し合うのも他人行儀だし、とりあえずお母さんが1億6千万円まで全部相続しておけば無税だから」と安易に考えて遺産分割をしてしまうと、二次相続の時に子ども世代が高額な相続税を負担することになりかねません。一次相続で遺産を分割する際には、目前の一次相続で相続税上有利な分け方だけを考えるのではなく、いずれは来る二次相続も考慮した上で、最も相続税を節税できる分割方法をシミュレーションしてから決めることが重要です。
ただし、どんな場合でも上記の3つのシミュレーションと同じ結果になるとは限りません。相続税の負担額は、財産の額と法定相続人の数によって違ってきます。そのため個別の相続についてはそれぞれの状況に合わせてシミュレーションを行い、どのような遺産分割方法が相続税の節税に効果的かを検討することが重要です。
相続税額の計算方法
- 相続する金額の総計―基礎控除額=課税対象金額
- 課税対象金額を相続人が法定相続分通りに相続したと仮定して、相続金額を計算する。
- 各自の相続金額に、以下の計算式を用いて相続税額を算出する。そして全員分を合計したものが、相続税額の総額になる。
- 各相続人の実際の相続分に応じて相続税額を按分して、各相続人の相続税額が決まる。
- 例えば5,500万円の取得金額の場合の相続税は、1億円以下→5,500万円×30%-700万円=950万円、となる。
【平成27年1月1日以後の場合】相続税の速算表
法定相続分に応ずる取得金額 |
税率 |
控除額 |
1,000万円以下 |
10% |
- |
3,000万円以下 |
15% |
50万円 |
5,000万円以下 |
20% |
200万円 |
1億円以下 |
30% |
700万円 |
2億円以下 |
40% |
1,700万円 |
3億円以下 |
45% |
2,700万円 |
6億円以下 |
50% |
4,200万円 |
6億円超 |
55% |
7,200万円 |
(相続税法16条、相続税基本通達16-1)
具体的な相続税の計算や税率については、以下の記事をご参照ください。
自分でもできる!相続税の計算
4. 一次相続で子どもが相続しておく方が有利なもの
3. 相続税額の比較シミュレーションをご覧になって、一次相続の際から来るべき二次相続を考えて遺産分割をすることが、結果的に相続税の節税に役立つことがお分かりいただけたと思います。さらにここでは、一次相続の段階で、配偶者よりも子どもが相続しておく方が、二次相続の際に相続税の節税に有利なものをご紹介します。
4-1. 値上がりが見込まれるもの
もし一次相続財産の中に、将来価格が上昇するであろうものがある場合には、一次相続の際に子どもが相続しておくことをお勧めします。例えば土地開発が計画されている街区にある土地や、事業規模拡大が見込まれる会社の株式などです。
こうしたものは、一次相続の際にはまだ低価格で相続財産として算定されていても、二次相続の際には高騰している可能性があります。もし高騰した場合には、相続財産額が増額し、相続税も多くなることが予想されるので、一次相続の際、低価格のうちに子どもに相続させておくと、将来の相続税節税に繋がります。
4-2. 被相続人とその配偶者とともに子ども家族が二世帯住宅に住んでいる宅地
被相続人と配偶者とともに、子ども家族が二世帯住宅に住んでいる場合には、その宅地を一次相続の際に子どもが相続しておくとよいでしょう。
被相続人が相続開始直前まで住んでいた宅地は、都市部であれば多くの場合「小規模宅地の特例」を使うことができます。これにより、土地の価格が軽減されて相続財産として計算されます。この小規模宅地の特例の恩恵は、もともと1億6千万円までは相続税が無税となる配偶者ではなく、子どもが活用する方が良いでしょう。
二世帯住宅に住んでいるということは、子ども家族は被相続人の死亡後もそこに住み続け、そして残された配偶者とともに暮らす、ということです。ですからこの特例を活用して一次相続の際に相続をしておけば、土地価格が安く計算されて相続税額も抑えられます。
5. 妻が先に亡くなる場合も想定した準備をしておく必要がある
これは相続開始からでは間に合わないのですが、配偶者の税額軽減や、一次相続と二次相続を足して相続税を考える場合に、妻が先に亡くなるケースについても考えて準備をする必要があります。
相続に関する情報では、多くのケースで夫が先に死亡し、妻が残ると考えられています。けれども必ずしも平均寿命どおりに女性の方が長生きする、とは限りません。妻が先に死亡することもあり得るのです。
妻が先に亡くなった場合、妻名義の財産が一切無いと配偶者の相続税軽減措置は使えません。さらに夫が死亡した時に、子どもが全ての遺産を、少ない基礎控除額で相続することになるので、相続税額が大きくなりがちです。
これを避けるために、妻名義の預貯金など金融財産を作ったり、不動産の一部を妻の名義にしておくなど、妻固有の財産を作っておくことをお勧めします。
特に不動産の場合は、価格が大きいので妻の名義分を作っておきましょう。例えば住んでいる不動産の名義が今は夫一人だけの場合でも「妻に贈与した」という形で、不動産の持ち分を妻名義にすることができます。
特に婚姻期間が20年を超えた夫婦の場合は、贈与税の基礎控除額110万円+2,000万円までは夫から妻に不動産を贈与しても贈与税がかからない、という配偶者控除の特例があります。
この特例を受けるためには、婚姻20年を過ぎた後に不動産の贈与が行われること、そして贈与対象の不動産に実際に妻が住んでいて、これからも住み続ける予定があることが必要です。また、この特例は同じ配偶者からは生涯に1度しか使えません。けれども長年連れ添った配偶者に2,110万円相当まで無税で不動産を贈与できるのですから、積極的に利用することをお勧めします。
このように妻名義の財産があれば、妻が亡くなった一次相続の際に配偶者の相続税軽減措置が使えるだけでなく、子どもにも妻の財産を相続させることができます。その結果、二次相続の際に、子どもが親世代の遺産全てを相続するよりも、相続税の節税につながります。
6. まとめ
相続については、中には、被相続人が遺産分割について指示した遺言書を書いていたり、生前贈与等の対策をしている方もいらっしゃるかもしれません。
しかし一般的には、相続税対策等の準備をしていない被相続人もが多いでしょう。相続人側も、被相続人が亡くなって相続が開始したときに初めて、「被相続人の財産を誰がどのくらい、何をどうやって受け継ぐか」を考え始めるという方が大半でしょう。「いきなり遺産を分けろと言われても・・・。あれが欲しいなんて言いにくいな」と、戸惑うことも多いでしょう。
その際、「配偶者には税額の軽減措置がある」ということを知ると、「じゃあ、その軽減措置いっぱいにお母さんに相続してもらえばいいんじゃない?後のことは、また後で考えれば」と考えてしまうのも無理もありません。けれども、それでは今回の記事の通り、問題を先送りして、却って相続税を多く支払うことになりかねません。
被相続人の配偶者がこの先何年生きるのかは、誰にも分かりません。何年も経った後に二次相続が発生して、土地や資産の価値が上がってしまっている可能性もあります。一次相続の時から「大変そうだし本当はあまり考えたくない」と思うかもしれませんが、二次相続があることを想定して遺産分割を考えておきましょう。同じ相続をするならば、賢く節税をして、その分を被相続人への感謝に変えられれば、それが一番喜ばれることだと思います。
監修
アイリス綜合行政書士事務所
行政書士・FP 田中真作
早稲田大学法学部卒業。行政書士・FP・宅地建物取引士。2003年行政書士登録。
相続や離婚などの一般市民法務相談や各種許認可業務など幅広く対応。
田中真作の
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