お葬式の時に祭壇の中央に飾られる遺影写真。遺族や参列者は遺影写真を見ながら、故人を偲んで手を合わせます。また、遺影はお葬式の後も自宅の中で飾り続けるので、いわば故人と向き合うための「よすが」となるものなのです。だからこそ遺影写真選びは慎重に、そして確実に行いたいものです。お葬式の準備はふつう、満足に時間が取れずに慌ただしく行います。その中でどのように写真を選んでいけばいいのか。サイズや表情、画質や背景などの選び方から葬儀後の飾り方、処分方法、遺影写真の意味や歴史にも踏み込んで丁寧に解説していきます。
遺影写真の選び方―表情やサイズ、画質の目安、処分方法、遺影写真専門業者が教える裏技も紹介!
1. 遺影写真って何?
遺影写真とは、亡き人を偲ぶための写真のことです。お葬式の祭壇や自宅の仏間等に飾られます。仏間の鴨居に引っ掛けて、先祖の遺影を並べる家は今でも少なくありません。
通常、遺影写真は遺族がお葬式に合わせて作るものなので、葬儀社の基本のセットプランに含まれています。しかし最近では、自分でまだ元気なうちに遺影写真を選び、作っておこうとするサービスが人気で、スタジオでの遺影撮影やインターネットによる画像加工を行う業者が増えています。
「いざ葬儀の準備、となってからではいい写真が見つからない」
「後に残るものならせめて自分らしい素敵な写真を自分で用意しておきたい」
このようなニーズが、生前の遺影写真の準備を促していると思われます。
2. 遺影写真の歴史
遺影写真は現代のお葬式に欠かせないものとなっていますが、遺影を飾る風習は一体いつから始まったのでしょうか。
よくよく考えてみれば当たり前のことなのですが、写真の歴史はここ百数十年に過ぎません。現代の写真の原型である銀板写真が発明されたのが1893年、そしてオランダ船によって長崎に日本最初の写真機材が持ち込まれたのがその4年後の1897年だと言われています。
写真が一般に普及するまでは、「供養絵画」と呼ばれる故人の肖像画をお寺に奉納する地域もあったようです。
江戸時代には「死絵」(しにえ)と呼ばれる浮世絵の一種が盛んに出版されていました。これは、人気のある歌舞伎役者が亡くなった時に訃報とともに作られたものですが、こうした死絵も明治期に入ると、プロマイド写真にとって代わりました。
かつての白木祭壇では、中央上段に位牌を納めるための「厨子」が置かれ、位牌が祭壇の中心に位置するものして扱われていました。しかし昨今では、位牌は遺影の下にそっと置かれる程度になっています。今でも位牌は亡き人の依り代(よりしろ)として、大切なものだと考えられているものの、葬儀の祭壇の中心は写真の機材や技術の普及とともに、位牌から遺影へと移り変わっていきました。
今では遺影写真は、祭壇の中央上段に飾られ、電飾額、花額などを用いてさらにきれいに彩る演出もなされるほどです。写真技術が日本にやってきてから、遺影は故人を偲ぶための最重要アイテムになっていったのです。
※この章は、国立歴史民俗博物館の山田慎也氏「亡き人を想うー遺影の誕生」(『異界談義』光文社知恵の森文庫、2008年)を参考にしました。
3. 遺影写真の選び方
遺影写真は、葬儀社に写真やデータを預けて遺影にしてもらうのが一般的です。生前に本人や死後に遺族が遺影にする写真を選んで、故人に着せる服や背景、額等を選びます。
3-1. 写真選び
まずは、どの写真を遺影にするか、写真選びがよりよい遺影にするための一番のポイントです。遺影は葬儀が終わった後もずっと自宅の中に残るものです。自分、または故人らしいと思える表情の写真を選びましょう。
大切なことは、故人がその人らしく、そして明るい表情をされているかどうか、です。例えば最晩年の写真だと闘病の疲れ等が表情に出てしまい、遺影を見るたびに家族は沈鬱な思いになってしまうこと等があるからです。
また、写真選びにおいて最もよく寄せられる質問は、「いつ頃くらいのものがよいのか」というものです。厳密な決まりこそありませんが、お亡くなりになる5年〜10年くらい前までがひとつの目安だと言えます。
どのような表情の写真を選ぶかは、喪主や家族の判断によります。例えば、ガハハと歯を見せているような大きな笑顔や、帽子をかぶっている写真などでも、家族がそれを「故人らしい」と思えば構いません。かつての遺影は、正面を向いたキリっとした表情のものが選ばれていましたが、今は遺影写真も多様化しています。
ただし、「その写真が遺影写真として祭壇に飾られる」ということは念頭に置いておきましょう。家族だけではなく、親戚や参列者の方々もその写真を見て故人さまを悼むわけですから、極端に非常識や不鮮明と思われるものは避けた方がよいでしょう。まっすぐ故人さまと目を合わせてお別れできるよう、顔がしっかりと映り、目がこちらを向いていて、ピントの合っているものが望ましいです。
遺影写真作成のために預ける写真は、プリントしたものと画像データのどちらでも構いません。ただしデータの場合は、画質によって思っていたように仕上がらないことがあるので、十分に注意しましょう。詳しくは「4. 専門業者が語る遺影写真選びのポイント」で解説いたします。
3-2. 着せ替え
表情は素敵だけど服がイマイチ…こういう時は服の着せ替え加工が可能です。男性も女性もそれぞれカジュアルにもフォーマルにも、さらには和装の着せ替えも可能です。葬儀社に相談してみましょう。
3-3. 背景画像
遺影写真では背景画像を加工します。こうすることで、故人の表情がよりはっきりと引き立つからです。もちろん、背景を変更するかしないかは遺族の判断に任されます。青、水色、紫、緑、オレンジ、黄、ピンク、赤、茶などの色を使い、単色、グラデーション、雲柄、逆光など、さまざまなパターンで組み合わせることができます。
また、海や山や川などの風景、草木や花などの自然を背景にすることもできます。
3-4. 額・リボン
ひと昔前の遺影額と言えば黒縁で、黒と白のリボンが定番でした。最近ではこうした遺影額はほとんど見られず、ホワイト、ラベンダー、ピンク、シルバーのような淡い色が選ばれるようになりました。
4. 専門業者が語る遺影写真選びのポイント
さて、もし故人らしい良い表情の写真が見つかったとしても、写真の状態がよくなければ素敵な遺影にすることは難しくなります。どのような写真が遺影に適しているのか、実際に遺影の加工サービスを行っている専門業者の方の話を交えながら解説いたします。
取材のご協力をいただいたのは、株式会社ATネット(東京都足立区)の村山直樹代表。同社では日本全国の150にも及ぶ葬儀社の遺影加工を、リモートを通じて手がけています。
遺影写真を選定するには次の点に気をつけて選びましょう。
4-1. 基本はバストショットでピントが合ったものを
遺影写真は、遺影額の大きさまで引き延ばして作られます。ですから、「なるべくアップで撮影されていること」と「ピントが合っていること」の2点が揃っていることが理想です。
なるべくアップで撮影されている写真がいいということは、引き延しの度合いが少なく済むからです。また、ピントが合っていれば、どんなに引き伸ばしても画像のブレが出にくいのです。
しかし、ただアップであればいいのかというと、そういうわけではありません。なぜなら、遺影は通常バストショットの写真だからです。顔だけが写り込んだ画像だと、首から下の部分を合成してくっ付けないといけなくなり、不自然になりかねません。そのため、最も理想的な写真は、
- バストショットの写真
- ピントが合っているもの
という2つの条件をクリアしたものだと言えます。
4-2. スマホのカメラ性能は良好!データを軽くせず高画質のままで
スマホで撮影した写真と、デジカメや一眼レフで撮影した写真のどちらがいいのでしょうか?
これに対して「スマホで十分です。最近のスマホのカメラ性能は優れてますよ」と村山さん。ただし、保存容量を軽減させるために画質を落としてしまうのはNGだそうです。できれば一番画質がいい状態で保存されたものを選びましょう。
4-3. データ転送はメールで、SNSのやりとりは画像が劣化する
最近は遺影写真の素材をデータでやりとりすることも増えました。そこで気をつけないといけないのは、データ転送に伴う画質の劣化です。村山さんは、「LINEやFacebookメッセンジャーのようなSNSによるデータのやりとりだと、自動的に画質を落としてデータ容量が抑えられるようになっている。データの受け渡しは、画質を落とさない状態でのメールへの添付が望ましい」と話します。目安は一人で写っているもので1MB前後の画像だそうです。
4-4. 日陰や逆光はNG。明るい場所での撮影を
村山さんが最も困ると話すのが、日陰で撮影されたもの。暗い画像を明るくするのは大変難しいのだそうです。また逆に、背景に光がある逆光のものも加工が難しいのだそうです。明るい場所で撮影し、くっきり表情が映るものを選ぶましょう。
4-5. もとから画質が悪いものは仕上がりもよくない
「クレームになりがちなのが、もとから画質が悪いものなんです」と村山さん。元データがピンボケしていたり、30人くらいの集合写真だとすると、これらを遺影サイズにまで引き延ばしてどんなに手を加えたとしても、きれいに仕上がらないこともしばしばあるそうです。「お客様はきれいに仕上がると思っていますからね。理想とのギャップからクレームが起こってしまうのだと思います」と、その苦労を語ります。
どんなに画像加工の技術が進化してもできることには限界があります。満足いく遺影のためにも、バストショットでピントが合っている、1MB前後のものを探しておきましょう。
4-6. 【裏技】着せ替えの素材も家族が用意して、より故人らしい写真に
最後にひとつ裏技を教えていただきました。
故人が愛用していた服を着せ替えたい場合は、故人に似た体型の人にその服を着てもらって写真を撮り、着せ替え用の素材として葬儀社に預けましょう。そうすると、故人の写真と着せ替えたい服を合成することができます。ただし、着せ替えたい服を着る人と故人の体型が似ていないと、合成した時に違和感が生じるかもしれませんのでその点は気をつけましょう。
5. 葬儀後の遺影写真の取り扱い
さて、お葬式が終わったあとの遺影写真は、いったいどのように扱えばいいのでしょうか。ご自宅での飾り方、さらには処分の方法も解説していきます。
5-1. 遺影写真を飾る場所
遺影写真の飾る場所に決まりはありません。遺族やおうちの方が「ここだ」と思える場所に飾ってあげましょう。
仏間がある家では鴨居にかけて並べるのが一般的ですが、最近では仏間のない家も増えていますし、「高いところから見下ろされて怖い」または地震の際の落下が心配といった理由から、鴨居にかけること自体を避ける人も少なくありません。
以下に、遺影写真を飾る場所のパターンをご紹介します。
仏壇の中
キャビネサイズの写真額であれば仏壇の中にも納まります。遺影写真があることで、故人をより深く偲ぶこともできるでしょう。
小机に飾る
仏壇の中に写真を置くスペースがないという方は、仏壇の脇に小机を置いて、そこに遺影を立てて飾ります。こうすればキャビネサイズの額だけでなく、四つ切りサイズの遺影額を置くことも可能です。葬儀を終えて間もないときは、遺骨も一緒に置くこともできます。
鴨居にかける
仏間がある家では鴨居にかけるケースが多いようです。壁面にヒートンなどの金具を打ち込み、紐で引っ掛けて吊るします。また鴨居には、額受金具と額受布団というものを取り付けて、それらで額を受けるようにします。これらの金具や布団は仏具店やホームセンターなどで販売しています。
遺影を飾らない
遺影写真を飾らないというのも選択肢の1つです。ほとんどの葬儀社では大(四つ切サイズ)、小(キャビネサイズ)ふたつの遺影を用意してくれますが、大サイズは場所に困って押入れの中にしまっている、というケースも少なくありません。
5-2. 遺影写真の処分の方法
「遺影写真があるとかさばるので逆に困ってしまう」
「押入れの中から古いご先祖様の遺影が出てきた」
このような時には、どのように遺影写真を処分すればいいのでしょうか。
遺影そのものは、位牌とは異なり、その中に「魂」や「性根」のようなものが込められてはいません。お坊さんも、仏像や位牌には開眼供養をしますが、遺影に対しては行いません。
しかし、「遺影の歴史」の章でも見てきたように、遺影には宗教的な意味はないとは言いつつも、遺影を通じて故人に想いを馳せ、手を合わせ、冥福を祈るものです。そこに込められた「想い」や「念」のようなものに対して、「粗末にできない」「きちんとしなくちゃ」と考えてしまう心理もよく理解できます。
気にならない人はゴミとして処分しても構いませんが、どうしても気になるという人はお焚き上げを受け入れているお寺などに相談しましょう。
遺影の処分の方法は主に次の3つです。
ゴミとして処分する
もしも遺族が気にしないのであれば、ゴミとして処分しましょう。もしゴミ袋に入れるのが憚られるのであれば、きれいに折る、袋かなにかに包む、塩を撒く、香の煙を少しだけ当てる、などの対応をしてもよいでしょう。
お寺に引き取ってもらう
お寺に相談してみるのも1つの方法です。こうした処分品の受け入れはすべてのお寺がしてくれるとは限りませんが、中にはインターネットで「遺影お焚き上げ」を謳っているところもあります。
仏壇店に引き取ってもらう
遺影を処分するタイミングとして多いのは仏壇を処分する時です。仏壇を引き取ってもらう時に写真の引き取りもしてもらえるかどうか、併せて相談してみましょう。
以上のように、もしも時間に余裕があるのであれば、元気なうちに自分で遺影写真を決めておくことです。そうすることでいざという時に遺された家族が慌てることもありませんし、故人も家族も、誰もが満足の遺影写真ができ上がることでしょう。
株式会社ATネット(外部リンク)