願い、希望、励まし、癒し……「祈り」には宗教的な意味だけではなく、日常の暮らしの中の「こうだったらいいな」という小さな希望から、人生をかけた大きな願いまでさまざまな意味が含まれている。誰のために、何のために祈るのか。
東京の美術系大学院の学生たちと福島・会津若松の老舗仏壇メーカー、普段は接点のない両者が「産学連携」によって手を携え、これからの祈りのかたちを探る展覧会を開催した。それが『祈りのかたち展 Vol.2 アルテマイスター×東京造形⼤学 ⼤学院』だ。(2021年3⽉2⽇(⽕)〜3⽉7⽇(⽇)東京・渋⾕ヒカリエ8F aiiima2、取材日3月4日)
『祈りのかたち展 Vol.2 アルテマイスター×東京造形⼤学 ⼤学院』Photo: Hiroka Monden
東京造形大学は2012年から、伝統的な地場産業の活性化を目指して会津若松市とともに、会津⽊綿や会津塗の製造背景を活⽤したプロダクトの開発「会津若松プロジェクト」を行ってきた。3年前には仏壇メーカーのアルテマイスターと産学連携プロジェクトを発足。時間や場所を超える人間の営みである「祈り」をテーマに、これからの「祈り」のかたちを考えるワークショップを実施した。
本プロジェクト第1回の発表会は、昨年(2020年)2月に会津若松で行われ、今回が2度目の展示会となる。プロジェクトメンバーは、インダストリアルデザインやテキスタイルデザイン、写真やグラフィックを専攻する大学院生たちだ。
福島と東京、移動もままならないコロナ禍で学生たちは、一度は会津若松を訪れたものの、ここ1年はオンラインのコミュニケーションを駆使し、郵送によるサンプルのやりとりをしながら何とかプロダクトを制作してきた。アルテマイスターの制作担当者たちは、学生たちの斬新なアイデアにずいぶん驚かされたと言う。一方の学生たちは、職人から木の種類や切り方、会津の伝統技術について学び、プロダクト制作の過程では「職人さんたちにずいぶん無茶振りしてしまいました」と笑う。
会津の伝統技術と学生たちのアイデアやデザイン、テクノロジーはどのように結びついたのか。アルテマイスターと東京造形⼤学大学院の学生たちが作り出したこれからの「祈りのかたち」をご紹介しよう。
《お守りハンカチ》大切な「思い」をのせる会津木綿ハンカチ
お守りハンカチ 会津木綿 Photo: Hiroka Monden
会津地方の織物である縞柄の会津木綿。糸が太く、一般的な平織りの木綿より縮みにくいのが特徴だ。
普段は伝えにくい大切な人への応援、御礼、癒し......贈り主のそれぞれの思いをのせたハンカチは、色と柄のバリエーションも豊富だ。色は信頼の青、情熱の赤、安らぎの緑、の3色。柄も3色あり、吉祥結び(幸福)、ナス(成功)、蝶(健康)とそれぞれ贈る相手に届けたい意味を込めることができる。
例えば受験中の友達の応援なら、今までやってきた努力が叶うように願いを込めて「赤(情熱)×ナス(成功)」、けがや病気のお見舞いにお大事に、早く治るといいね、という気持ちを込めて「青(信頼)×蝶(健康)」、妊娠中の姉の身体を案じて元気づけるためにリラックスして過ごしてね、というメッセージの「緑(安らぎ)×吉祥結び(幸福)」。お守り型のパッケージデザインにもこだわり商品化を目指している。
《kemari》ペットをいつも身近に感じるオブジェ
kemari Photo: Hiroka Monden
kemariは、芯、台座、石鹸(会津の厄除け・幸運のシンボルである赤べこがモチーフ)、ニードルがセットになった材料キットと、ワークショップを組み合わせたサービスで、自分のペットの毛を使ってオブジェをつくる。
プロジェクトメンバーの一人であるリ・チヒロさんに話を聞いた。リさんは中国・北京出身で、自身も今日本で飼っているネコに癒されているという。
ブラシで梳かして取れたペットの毛を芯に載せて、ニードルで刺し込むことで球体のオブジェをつくる。そのオブジェを木製の台座に載せ、自宅や会社、研究室のデスクに飾ることができるというものだ。球体は自分のペットの毛色や模様を表していて、台座は、甘えん坊の性格の犬や猫なら「抱っこして」と手を広げているような形、といったように自分のペットの外見や性格に合わせて作り上げることができる。ペットと自分との共同作業のようにも感じられる。
kemari材料キット Photo: Hiroka Monden
球体オブジェの作り方
(1)ペットの毛を梳かす
(2)ニードルで球体に
(3)石鹸水で定着させる
(1)〜(3)Photo: Koichi Furuya
自宅や実家で飼っているペットの生き物としての存在感を感じることによって、いつも寄り添ってくれるペットに心を癒されるオブジェだ。
《WISH》今の自分が未来の自分を励まし、未来の自分が今の自分に励まされる
Photo: Koichi Furuya
WISH Photo:Hiroka Monden
WISHの制作者は中国・河北省出身のリ・リンイさん。プロダクトの制作だけではなく、動画の制作や出演、SNSの管理もこなすマルチな才能の持ち主だ。
録音再生機能をもつデバイスが入った台座に、絵馬や七夕の短冊をイメージしたプレートが揺れている。自分の声でメッセージを録音し、手を合わせるとデバイスが作動し、音声が再生される。込められるのは、今の自分から明日・未来への自分へのメッセージだ。当初、制作したものは映像を用いるためスマホなど別のデバイスが必要だったが、今回は人が手を合わせる動作だけで作動し単体で使える設計にした、という。
シンプルな人間の動作のよって、初心を忘れないようにという励ましや夢、目標や明日やりたいこと、毎日を笑顔で過ごせますようにという、ささやかだが大事な願いが何度も再現される。
《Hiyori》現代の暮らしに調和する位牌デバイス
Hiyori Photo: Hiroka Monden
Hiyoriは一人暮らしや核家族、永代供養といった現代のライフスタイルに合った位牌型のデバイスだ。鈴を打ち鳴らすと振動に反応して戒名がじんわりと光り浮かび上がる。アルテマイスターが持つ位牌づくりの技術と現代のテクノロジーが繋がって、Hiyoriの置かれた場所には穏やかでゆったりとした祈りの空間が現れる。制作者の小柴優さんによると、Hiyoriのアイデアは前年度に制作された位牌型モニュメントのDNAを受け継いだものだと言う。プロジェクトが継続する中で、各年の参加学生たちがバトンをつなぎ、アイデアをブラッシュアップしていくのもこのプロジェクトの特徴だ。
Photo: Koichi Furuya
《makoro》自分を癒すための発光型モニュメント
makoro Photo: Koichi Furuya
Photo: Hiroka Monden
「石が光ったら面白いかな」―makoroは石から着想を得た発光型のモニュメントだ。制作者の一人である工藤壮生さんに話を聞いた。
コンセプトは「日々の祈りの中でちょっとした癒しを得るプロダクト」。手で包むように持ち、息を吹きかけると柔らかく光る。自分から一方的に動作をするだけではなく、自分の所作によって反応、呼応するものにしたかった。今は疲れている人もとても多い。一日の終わりに一息ついたり、深呼吸したり……お守りやセルフメディケーション(自分自身の健康に責任を持ち、軽度な身体の不調は自分で手当てすること)という意味で、息を吹きかけたら呼応する光が、自分を癒してくれるようなこのモニュメントを作った、と言う。手に持って息を吹きかけて光る、というプロダクトなので、手に持った時のフィット感を重視し、川原で様々な形の石を集め、触れてアイデアを練った。
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伝統技術と新しい技術の双方を味方につけて、自由な発想でこれからの祈りのかたちを提案する本プロジェクト。展示のテーマは「祈り」だ。ペットや実家の家族、きょうだいや友だち、祖母など既に亡くなった人、今日頑張った自分や未来の自分など、その対象は幅広い。
2021年3月現在、新型コロナウイルスによって世界中で移動が制限され、人と会うこともままならない状況だ。それぞれの願いや希望を叶えられずにいる人や、励ましや癒しを必要としている人がたくさんいるだろう。本プロジェクトの学生のおおよそ半数は中国出身の留学生だという。現代のような高度な情報化社会で形は変わっても、人の思いはそれほど大きくは変わらない。祈りという根源的な人間の行為は、時間や場所をわたって連綿と続いている。祈り、というと世界平和や先祖崇拝など仰々しく聞こえるが、それは日常の少々の思いや伝えたい気持ち、癒しでもいい。
展示プロダクトのコンセプトムービーはこちらで公開中!
東京造形大学 大学院 会津若松プロジェクト(外部リンク)
祈りのかたち展 Vol.2 アルテマイスター×東京造形⼤学 ⼤学院(外部リンク)
アルテマイスター(外部リンク)
東京造形大学(外部リンク)