すっかり定着した感がある「おひとり様」―と言っても中身は千差万別です。生涯独身の場合や配偶者に先立たれた子なし夫婦の片方の場合、配偶者と離別した子なし夫婦の片方の場合、子どもが夭折した場合など。そんなおひとり様たちの相続は、いわゆる家族持ちの相続とどう違うのでしょうか?今回はおひとり様のうち、配偶者に先立たれた子なし夫婦の相続で起こりえる「困った!」を解説いたします。
本文中で何度も出てくる用語ですが、以下のように定義します。
用語の定義
被相続人:財産を残して亡くなった人。この人の財産を分けるのが遺産相続。
法定相続人:民法によって定められた被相続人の財産を相続する権利を持つ人。被相続人との婚姻関係や血縁によって決まる(例:配偶者や子どもなど)。
詳しくはこちらの記事をご参考ください。
法定相続人とは? ―法定相続人の範囲と順位、相続の割合
相続人:一般的には相続人=法定相続人と解釈されている。稀に相続人=法定相続人+法定相続人以外で財産を受け取ることになった人や団体、と何らかの形で遺産を受け取る人や団体全体をさす場合がある。
1. 子なし夫婦の相続順位
子なし夫婦の片方が亡くなった場合、配偶者だけがすべてを相続する、と考える方もいるかもしれません。けれどもそれは間違いです。
遺産相続については民法で「誰がどの順番でどのくらいを相続するか」の目安が示されています。まず「誰が」は、民法で定められた被相続人(故人)の財産を相続する権利を持つ人々です。これを法定相続人と呼びます。法定相続人は主に故人との血縁関係の近さによって決まります。
次に「相続の優先順位」についても民法で決められています。こちらも主に故人との血縁関係によって決まります。これを相続順位と呼びます。配偶者は生きている限り必ず法定相続人で、相続順位は最優先です。それ以外の子どもや父母、兄弟については次のような相続順位です。
順位 |
法定相続人 |
相続順位 |
|
配偶者 |
生きていれば必ず相続する |
1位 |
子、または孫 |
生きていれば必ず相続する |
2位 |
父母または祖父母 |
1位がいない場合に相続する |
3位 |
兄弟姉妹または甥や姪 |
1位と2位がいない場合に相続する |
子なし夫婦には相続順位1位である子がいません。そこで、もし生きていれば相続順位2位である父母または祖父母が、被相続人の配偶者とともに法定相続人になります。もし相続順位2位の人(父母または祖父母)が既に亡くなっている場合は、相続順位3位である被相続人の兄弟姉妹または甥や姪が、被相続人の配偶者とともに法定相続人となります。法定相続順位1位から3位まで誰もいない場合には、おひとり様となった配偶者が被相続人の全ての遺産を一人で受け継ぎます。
2. 被相続人に前婚の子などがいる場合の相続順位と割合
夫婦の間に実子はなく、どちらかが亡くなっておひとり様になったーしかし、もし被相続人に前婚歴があり、子どもがいたらどうなるのでしょうか?相続手続きをしていく過程では相続人を確定するために、被相続人の戸籍を出生から死亡まで全部揃えていきます。残された配偶者以外に、本当に誰も法定相続人がいないのかどうかを確認するためです。
戸籍を揃えていく過程で稀に発見してしまうのが「自分が知らなかった被相続人の過去」です。実は被相続人には前婚歴があったが、全く知らなかった!さらに前婚の配偶者との間に子どもがいる!?または、婚姻届は出していない(入籍していない)が子どもは認知している!?全然聞いていないけれど、実は養子を迎えていた!?という具合に「自分は全然知らなかったけれど、被相続人の『子』がいる」というケースがあります。
民法では被相続人の実子や前婚の子、被相続人が認知した子や養子にした子、全員が平等に法定相続人となります。つまり相続順位第1位ということです。さらに法定相続分についてもどの子も平等です。つまり実子がいなくとも、亡くなった配偶者の前婚の子や認知した子、養子に迎えた子がいた場合にはその子らを、相続順位1位の「子」として扱います。
こうなると残された配偶者は、被相続人の前婚の子どもなどと遺産を分け合わなくてはなりません。配偶者と相続順位1位である「子」が相続する場合、相続の割合は以下のようになります。
相続人 |
相続割合 |
配偶者 1人 |
全相続財産の半分を相続する |
子どもたち(相続順位1位) |
全相続財産の半分を相続し、全員で平等に分ける |
3. もし被相続人に前婚の子などがいることがわかったら?
配偶者である夫を看取り「あーあ、私もおひとり様だわ。夫は一人っ子だったから、私一人で遺産を全部引き継ぐのね・・・」と思っていたおひとり様。けれども上記のように、相続手続きをしていく間に、被相続人の過去の戸籍から、前婚の事実や子どもの存在を確認してしまうこともあり得ます。その際「私、全然聞いてない!」「知らされていないし、会ったこともない!」「遺言もない!」といっても、子の存在を「聞いていませんでしたから」と放置したままでは相続手続きは進みません。
前述のように、相続手続きでは相続人を漏れなく把握するために、必ず被相続人の出生から死亡までの戸籍を取得します。戸籍は不動産の名義変更のために法務局に提出したり、相続税の申告の際に税務署に提出したり、場合によっては金融機関の名義変更などにも使います。その際に所管の役所から「あれ?相続順位第1位の子がいますね。実子でなくても、その子の相続分が・・・無いですね?その旨を記載した『遺産分割協議書』はありますか?」と聞かれて相続手続きがストップしてしまうからです。
このように被相続人に前婚の子などがいる、と戸籍からわかった場合には、被相続人の戸籍情報から、できるだけ速やかに「子」の現住所がわかる住民票を取り寄せるなどをして連絡をとり、遺産相続について話し合いをしなければなりません。そして話し合って合意した結果を「遺産分割協議書」にします。遺産分割協議書には、お互いに自筆で署名・実印を押印し、印鑑証明をつけて、1通ずつ保管しましょう。話し合いがどうしても合意に至らない場合には、家庭裁判所に仲裁を申請することになります。
4. 前妻との子が法定相続分の遺産相続を要求してきたら?
2. 被相続人に前婚の子などがいる場合の相続順位と割合は?で述べましたが、実子でなくても被相続人の「子」には相続権があり、相続順位第1位です。すべての「子」に遺産の半分を要求する権利があるということです。
では前妻との間に子が1人いた場合について考えてみましょう。おひとり様となった配偶者と、前妻との子の相続権は1/2と1/2です。つまり、前妻との子には遺産の半分を相続する権利があります。この子と、おひとり様が話し合いをした結果「父親には長いこと会っていないし、存在も知らなかった。だから法定相続分も、遺留分もいらない」という結論になったら、それを遺産分割協議書に記録しましょう。そうすれば、晴れておひとり様は全ての遺産を相続することができます。しかし前妻との子があくまでも法定相続分の遺産相続を要求してきた場合は、たとえ「前婚の子には一切相続させない」と遺言書に記載されていたとしても、少なくとも遺留分(法定相続分の1/2)を、遺言書がまったくない場合には法定相続分(この事例の場合は法定相続分である1/2)を渡さなければなりません。
用語の説明
法定相続分:民法によって示された相続の割合。ただしこれは目安でしかなく、遺言書に別途記載されている場合には、遺言書の内容が優先される。
遺留分:民法によって守られている「最低限の相続分」のこと。法定相続分の1/2にあたる。仮に遺言書に「Aには一切相続させない」と書かれていても、Aは遺留分を要求する権利がある。
5. 2020年4月施行の新しい権利「配偶者居住権」とは?
遺産相続で多いのは、預貯金や生命保険などの流動資産がほとんどなく、遺産のほぼすべてが現在住んでいる自宅、というケースです。もし相続人がおひとり様の実子であれば「いったんは自宅の土地や家屋をお母さんが相続して、お母さんが亡くなった後に自分が相続できるからいいよ」となる可能性もあります。ところが前妻との子はおひとり様の子ではありませんから、おひとり様が亡くなった後でおひとり様から土地家屋を相続する、ということはあり得ません。被相続人からの相続が唯一のチャンスなのです。そのため「絶対に法定相続分は欲しい」と強硬に主張される可能性もあります。
流動資産がなく、遺産のほとんどが自宅という状況で、もし前妻との子が法定相続分の遺産を要求してきたら、自宅を売却してその半分を法定相続分として渡さなければならない。そんなことになったら、残されておひとり様となった被相続人の配偶者は、明日からの生活の基盤が無くなってしまいます。このようなケースでは以前は、最終的に自宅を処分して法定相続分、もしくは遺留分を前妻との子に渡していました。しかし2018年の民法改正で新たに作られ、2020年4月から施行されたのが「配偶者居住権」です。
配偶者居住権とは、婚姻期間に関わらず「相続が発生する前から住んでいた配偶者の自宅は、配偶者がその自宅の権利を全部または一部しか相続しなかったとしても、一定期間または終身無償で住み続けられる」という権利です。
自宅の権利を全部相続しなかったとしても住み続けられる?ちょっと理解しにくいですね。この配偶者居住権のポイントは、相続する不動産(自宅)の権利を2つに分ける点にあります。
5-1. 配偶者居住権によって何がどう変わったか?
配偶者居住権の最大のポイントは「配偶者が自宅の権利を相続しなかったとしても」住み続けることを可能にした点です。
不動産には「所有権」という権利があります。通常であれば、ある不動産の所有権を持っている人は、その不動産を使うことができます。そして、その不動産を売却した時には売却代金を受け取ることができます。つまり、使う権利と売却代金を受け取る権利が一体になっているわけです。
もし配偶者が自宅の権利を相続できれば、当然その自宅に住み続けることは可能です。しかし、もし配偶者が自宅の権利を相続できなかった場合は、最悪の場合、権利を相続した人から自宅を追い出されてしまう可能性があります。これは配偶者にとって、長年住み続けた生活基盤を失ってしまうことになります。そこで、配偶者が自宅の権利を相続しなかった/できなかったとしても、その自宅に住み続ける権利だけは認める、という新しい権利「配偶者居住権」がつくられました。
配偶者居住権とは自宅を所有する権利を「使う(住む)権利」と、売却代金などを受け取る「その他の権利」に分離して、それぞれ別の人が相続することを認める仕組みです。これにより配偶者に「使う(住む)権利」を、その他の相続人に「その他の権利」を相続させることを可能にしました。この使う(住む)権利のことを「配偶者居住権」といい、その他の権利のことを「配偶者居住権の負担が設定された所有権」といいます。
今回の事例である、相続人がおひとり様と前妻との子の場合は、おひとり様である配偶者は自宅に住む権利(配偶者居住権)を得て、前妻との子はその他の権利(配偶者居住権の負担がついた所有権)を得ることになります。自宅の権利を分割することで、配偶者は住み慣れた場所で生活を継続できる上に、預金などの財産が分けやすくなり、生活費も確保しやすくなります。
配偶者居住権の施行前と後の変化を確認してみましょう。
例:被相続人の遺産が以下の場合
自宅(土地+家屋) 4,000万円
預貯金など 1,000万円
合計 5,000万円
民法改正前の遺産の分け方
遺産総額5,000万円を1/2ずつ分ける |
おひとり様 |
2,500万円 |
前妻との子 |
2,500万円 |
⇒預貯金1,000万円では前妻との子に渡す法定相続分(2,500万円)に足りない。自宅を売却しなければ払えない。おひとり様は自分の生活の基盤を失ってしまう・・・。
民法改正後の遺産の分け方
自宅 4,000万円 |
配偶者居住権 2,000万円 |
おひとり様 2,000万円 |
おひとり様 総額2,500万円 |
負担付所有権 2,000万円 |
前妻との子 2,000万円 |
預貯金など 1,000万円 |
|
おひとり様 500万円 |
前妻との子 総額2,500万円 |
前妻との子 500万円 |
⇒今までの家に住み続けることができる!預貯金も使えるから生活の心配がない。
5-2. 配偶者居住権の注意点
このように前妻との子から法定相続分の遺産を要求されても、自宅を売却せずに済み、また家賃のような支払いも生じない。さらに預貯金などは半分が使える。おひとり様となった配偶者にとっては良いことばかりのように見える配偶者居住権ですね。でも実際にはいくつか注意点があります。
自宅に住んでいた(相続発生時)配偶者にだけ認められ、登記も必要
配偶者居住権は、被相続人の相続が発生した時点(=被相続人が亡くなった時点)で、その自宅に住んでいた配偶者にだけ認められます。そのため、別居していた夫婦間では認められません。さらに、配偶者居住権は不動産の登記簿謄本に登記をしなければ効力を発揮しません。遺産分割協議で配偶者居住権を相続することが決まっていても、登記をしないままにしていると、新しい所有者が勝手に売却してしまうかもしれませんので注意が必要です。また配偶者居住権は不動産のうち建物だけが登記され、建物の敷地となっている土地は登記されません。
第三者に売却不可
配偶者居住権は配偶者にのみ与えられた権利なので、第三者に居住権を売却することはできません。そのため、売却して介護費用などをねん出するのは難しいという点に注意が必要です。
権利をもった配偶者の死亡によって消滅、さらに相続させることはできない
配偶者居住権は権利を持った配偶者の死亡によって消滅するため、その権利を誰かに相続させたりすることはできません。今回のケースでは、おひとり様は自分が配偶者居住権をもって住んでいる家を、自分の血縁者に相続または贈与することができません。なお、配偶者居住権が消滅した後は「その他の権利」を相続していた人、つまり前妻との子がその不動産の権利を丸ごと所有することになり、通常の不動産の所有権になります。
6. まとめ
子なし夫婦が増えています(2002年3.4%から2015年6.2%へ「2015年出生動向調査」より)。そしてその夫婦それぞれ自分が一人っ子、という場合もあります。こうした場合には、子なしの上に父母も亡くなっていて他の相続人がいないようなおひとり様の一人相続、というケースもあるでしょう。
相続手続きにおいては「自分が知っていたこと」「自分が聞かされていたこと」だけが事実ではなく、別の事実があった、と判明することもあります。今回取り上げたような「知らされていなかった前婚の経歴と子の存在」などです。怒りや悲しみも湧いてくることでしょう。しかし前妻との子は紛れもなく被相続人の子です。自分の実子でなくても法定相続人であることには変わりありません。できるだけ早く子の所在を突き止め、穏やかに話し合いをすることが大切です。間違っても「聞いてないから」「知らなかったから」と、子の存在を無視するような相続手続きはやめましょう。結局、相続手続きが振り出しに戻るだけですから。
今回は「子なしおひとり様と前妻との子」というケースで考えてみましたが、実子との間であっても「配偶者居住権」は利用できます。配偶者である自分と実子とで遺産分割するには預貯金などの流動資産が足りないといった場合に、自宅を売却せずに済みます。また配偶者居住権を利用することによって、預貯金などの流動資産は子どもが相続してしまって、自分が受け取ったのは自宅だけで手元資金が不足してしまう、といった事態も避けられます。ただし配偶者居住権は売却ができないため、将来の介護費用などには充てられないなどの制約がある点には十分注意しましょう。被相続人は、自分の死亡後に配偶者が生活に困らないように、死亡保険金をかけておくなど対策を講じておきましょう。
今回のケースでは何よりも、夫は妻に前婚の子の存在を事前に告げておくことが大切です。死んでから相手を悲しませないためにも、生きているうちに全ての事情を打ち明ける勇気を持ちたいものですね。
監修
アイリス綜合行政書士事務所
行政書士・FP 田中真作
早稲田大学法学部卒業。行政書士・FP・宅地建物取引士。2003年行政書士登録。
相続や離婚などの一般市民法務相談や各種許認可業務など幅広く対応。
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