近年出生率は低下し、子どもがいない夫婦も増えてきました。子どもがいない夫婦で片方が亡くなった場合の相続は、子どもがいるご夫婦の相続とどんな点が違うのでしょう?残された配偶者が遺産全部を一人で受け取るのでしょうか?もし甥や姪に遺産を渡したい、という希望がある場合にはどうしたらいいのでしょうか?今回は増加しつつある子どもがいない夫婦の相続について解説してまいります。
本文中で何度も出てくる用語ですが、以下のように定義します。
用語の定義
- 被相続人:財産を残して亡くなった人。この人の財産を分けるのが遺産相続。
- 法定相続人:民法によって定められた被相続人の財産を相続する権利を持つ人。被相続人との婚姻関係や血縁によって決まる(例:配偶者や子どもなど)。詳しくはこちらの記事をご参考ください。
- 相続人:一般的には相続人=法定相続人と解釈されている。稀に相続人=法定相続人+法定相続人以外で財産を受け取ることになった人や団体、と何らかの形で遺産を受け取る人や団体全体をさす場合がある。
- 遺贈者:遺言により財産を与える人。ただし「遺贈者」と表現されるときは、法定相続人以外の人や団体(例:お世話になった医者や介護士、病院や大学など)に対して、遺言によって財産を贈る意思を表明した場合を指す。生前に遺贈することを受遺者に告げる必要はない。
- 受遺者:遺言により指名されて財産をうけとる法定相続人以外の人、団体。遺贈者の生前に、自分が受遺者となることは知らされていないことが多い。
- 共同相続人:法定相続人と受遺者をあわせた、遺産を受けつぐ権利のあるもの。
1. 子なし夫婦の片方が亡くなった場合、相続するのは誰か
子どもがいない夫婦の片方が亡くなった場合、配偶者がすべてを相続すると勘違いされがちがですが、結論から言うとそれは間違いです。
では実際どうなるのでしょう。子どもがいる夫婦の片方が亡くなった場合の相続との違いを考えるにあたって、まず「法定相続人」と「相続順位」の概念について確認することから始めましょう。法定相続人とは民法によって定められた、被相続人(故人)の財産を相続する権利を持つ人々です。
法定相続人は以下の3種類に分類できます。
相続人種類 |
誰が該当するか |
相続の権利と相続順位 |
配偶者相続人 |
被相続人の配偶者 |
生存している限り常に相続人となる。ただし法律上の婚姻関係が無い場合は、法定相続人になれない。 |
血縁相続人 |
被相続人の子ども(前婚の子や認知された子、養子も含む)や孫、父母、祖父母、兄弟姉妹、甥や姪など |
相続順位があり、子や孫が1位、父母と祖父母は2位、兄弟姉妹と甥や姪が3位 |
代襲相続人 |
孫や孫の子、甥や姪 |
法定相続人である子が先に無くなっている場合は孫、また孫も亡くなっている場合はひ孫が代襲相続する。同様に父母が両方亡くなっている場合は祖父母が、兄弟姉妹が亡くなっている場合は甥や姪が代襲相続をする。ただし甥や姪が亡くなっていてもその子は法定相続人になれない。 |
代襲相続とは?
ある法定相続人が既に亡くなっている場合に、亡くなった法定相続人と一世代違う人が相続する権利を得ること。代襲相続人とは代襲相続によって相続する権利を得た人のこと。
例1:法定相続人である両親が既に亡くなっている⇒一世代前の祖父母が健在の場合には、祖父母が代襲相続人になる。
例2:法定相続人である子が既に亡くなっている⇒一世代後の孫、さらに孫も亡くなっている場合にはひ孫が代襲相続人になる。
例3:兄弟姉妹が法定相続人の場合、そのうち一人でも既に死亡している場合は、その亡くなった兄弟姉妹の子の世代、つまり甥や姪が代襲相続人となる。甥や姪が亡くなっている場合はその子に代襲相続ができない。
まず、被相続人の戸籍上の配偶者は生存している限り常に法定相続人です。
一方、血族相続人には相続順位があります。子どもがいる夫婦の場合、夫婦の片方が亡くなった場合には、配偶者と、血縁相続人の相続順位1位である子どもが法定相続人となります。相続順1位の子どもが存在すれば、相続順位2位以下の人は法定相続人になれません。
しかし子どものいない夫婦の片方が亡くなった場合は、相続順位1位の子や孫がいません。どうなるのでしょう。ここで法定相続には、以下のようなルールがあります。
- 配偶者と相続順位1位の人は生存している限り、必ず相続人になる。
- 相続順位2位の人は、1位の人がいない場合、相続人となる。
- 相続順位3位の人は、自分より上位、つまり相続順位1位と2位の人がいない場合、相続人となる。
つまり子どもがいない夫婦の場合は、相続順位1位の人がいないだけです。相続順位2位、つまり父母や祖父母が生きていれば、被相続人の配偶者とともに法定相続人になります。さらに相続順位2位の人がいなければ、被相続人の配偶者と相続順位3位の人が法定相続人になるのです。
法定相続順位1位から3位までの誰もいない場合にのみ、配偶者が一人で被相続人の遺産を全て受け継ぎます。
2. 3つのパターンでわかる、子なし夫婦の法定相続分
法定相続人には種類と順位があるだけではなく、「法定相続分」という各相続人が相続できる取り分も決められています(民法900条)。そこで子どもがいない夫婦の片方が亡くなり、配偶者が残された場合には以下の3つのパターンと割合で相続することになります。
法定相続人の組み合わせ |
配偶者の分 |
その他の法定相続人の分 |
・配偶者 ・法定相続第2位である父母または祖父母 |
2/3 |
父母が健在の場合2人で1/3、父母が両方死亡している場合は祖父母世代全員で1/3を均等に分ける。 |
・配偶者 ・法定相続第3位である兄弟姉妹 |
3/4 |
兄弟姉妹全員で1/4を均等に分ける。既に亡くなった兄弟姉妹がいる場合、その子(=被相続人の甥や姪)が亡くなった兄弟姉妹の相続分を均等に分ける。ただし甥・姪世代が亡くなっている場合は、その下の世代には法定相続分は引き継がれない。 |
・配偶者のみ |
全部 |
その他の法定相続人はいないので0。法定相続順位2位から3位の相続人が全て亡くなっていたり、存在しない場合。 |
このように法定相続順位1位である子や孫がいない場合でも、配偶者+法定相続順位の高い順から法定相続人となります。血族相続人のうち、父母世代が両方とも既に亡くなっている場合には祖父母世代が代襲相続します。そして兄弟姉妹のうちだれかが亡くなっている場合はその子、つまり被相続人の甥や姪が、亡くなった兄弟姉妹の法定相続分を代襲相続して均等に分け合います。
そして配偶者以外の全ての法定相続人がいない場合には、配偶者が全財産を引き継ぎます。
3. 「兄弟姉妹よりもかわいがった甥や姪に残したい」は可能か~遺贈を使おう
自身に子どもがいない場合、甥や姪を可愛がり、その子に遺産を渡したい、と考える場合もあるでしょう。その場合には事前に法的に有効な「遺言書」を作成し、ご自分の希望を書き残して特定の甥や姪に「遺贈」することを表明しておきましょう。遺言書は被相続人の最後の意思表示と見なされ、法定相続よりも強い効力を持つからです。「遺贈」を受ける甥や姪は「受遺者」となります。遺贈についてはこちらの記事を参考にしてください。
遺贈する場合は、「遺留分」に気をつける
ただし「遺贈」の場合でも、他の法定相続人の「遺留分」を侵害しないように配分には気を付けましょう。遺留分とは被相続人の財産の中で、法定相続人が受け取れる最低限の遺産の取り分です。法定相続分の1/2と決められています。この遺留分を受け取る権利は法律により守られているので、たとえ遺言書の中でそれぞれの法定相続人が遺産を受け継ぐ割合を定めていたとしても、遺留分を侵害することはできません。
なお、遺留分が認められているのは、配偶者と父母や祖父母などの直系尊属と子ども(もしくは孫)までに限られます。兄弟姉妹には遺留分の定めがありません。その子どもである甥・姪にも遺留分はありません。
そこで「甥や姪に遺産を渡したい」という場合は、配偶者や父母、祖父母の遺留分を侵害しないように、甥や姪の相続分量を決めて「遺贈」として遺言書に記載しましょう。
遺留分は法定相続分の1/2です。配偶者+法定相続順位ごとの遺留分は以下のようになります。
法定相続人の組み合わせ |
配偶者の遺留分 |
その他の法定相続人の遺留分 |
・配偶者 ・法定相続第2位である父母または祖父母 |
2/6 |
第2位、全員で1/6 |
・配偶者 ・法定相続第3位である兄弟姉妹 |
3/8 |
第3位、なし。代襲相続者の甥や姪にもなし。 |
・配偶者のみ |
1/2 |
― |
兄弟姉妹が健在だとしても、遺言によりその世代を飛び越して、特定の甥や姪に遺贈として遺産を渡すことは可能です。兄弟姉妹には遺留分が無いからです。また甥や姪にも遺留分が無いため、指名された特定の甥や姪以外が遺留分を侵害された、と申し立てることはできません。
生前贈与は遺留分、特別受益に注意
甥や姪に、遺贈(つまり亡くなってから贈る)ではなく、生前贈与で、と考える場合も遺留分には注意が必要です。相続開始前1年以内の贈与財産や、相続開始前10年以内の、他者の遺留分を侵す可能性があることを贈与する側と受贈される側の「双方が承知のうえ」で贈与した財産などの生前贈与も、遺留分の対象になるのです。
さらに他者の遺留分を侵す可能性があると贈与者と受贈者の「双方が知らなかった」贈与であっても、下記のような「特別受益」と見なされると、相続額および遺留分が変わります。
特別受益とは
法定相続人の中に、被相続人から遺贈や多額の生前贈与を受けた人がいた場合、その受けた利益のことを「特別受益」といいます。
何が特別受益にあたるのか、はおおむね以下の通りとされています(民法903条第一項)。
特別受益の対象 |
内容 |
1. 遺贈 |
遺言では相続されると書いてあったとしても、実質遺贈の場合も特別受益となります。 |
2. 学費 |
普通教育以上の高等教育を受けるための学費は特別受益となります。但し被相続人の生前の資力、生活レベル、社会的地位などで、その家庭の通常の教育の範囲内なら特別受益にあたりません。また他の共同相続人も同様の教育環境の場合は当然特別受益にはあたりません。 |
3. 生計の資本としての贈与 |
住むための建物又は土地の贈与、又はその不動産を購入するための資金の贈与も特別受益となります。事業の開業資金等も同様に特別受益になります。 |
4. 土地・建物の無償使用 |
被相続人の土地や建物を無償で使用させてもらっていた場合は、原則として特別受益にはなりません。ただし、状況によっては特別受益に該当する場合もあります。 |
5. 生活費の援助 |
扶養義務の範囲内の援助は特別受益にあたりませんが、範囲を超えた援助は特別受益なります |
これ以外のケースも特別受益と見なされる場合があります。特別受益は贈与が行われた時点で、受けた人が推定相続人であったかどうかで判断されます。そのため法定相続人になるであろう一部の人に対して生前に贈与する場合には注意が必要です。
特別受益が存在する場合は相続分の計算方法が変わります。特別受益を受けた相続人がいる場合には、その特定の相続人の特別受益額を持ち戻して相続財産を計算しなおします。この計算しなおした相続財産額を、具体的相続分と呼びます。
例:
被相続人の残した財産総額 6,000万円
特別受益者Aへの生前贈与 2,000万円
A以外の法定相続人の具体的相続分=(6,000万円+2,000万円)×各人の法定相続割合
Aの具体的相続分=(6,000万円+2,000万円)×Aの法定相続割合―特別受益分(2,000万円)
となります。そして遺留分はそれぞれの具体的相続分の1/2です。
また遺留分については、これまで基礎財産に含める贈与の期限は限定されていませんでした。しかし2019年7月1日から、法改正により生前贈与について持ち戻す期間は相続開始前の10年間に限定されるとなりました。この改正により、相続人に対する贈与は相続開始前の10年間に限り遺留分の基礎財産に含めることになりました。
さらに同じく2019年7月1日より、婚姻期間が20年以上である配偶者の一方が、他方の配偶者に対して居住用の建物や敷地を生前贈与または遺贈した場合には、原則として、特別受益を受けたものとして取り扱わなくてよいこととされました。つまり生前贈与または遺贈された自宅は、その資産価値が高く、遺産全体に占める割合が高くても持ち戻し計算の対象となりません。自宅以外の財産のみが法定相続人の相続対象の財産となり、さらに遺留分についても自宅以外の財産の法定相続分の1/2となりました。
4. 遺留分の請求により配偶者の生活に影響が出る場合も
仮に被相続人の父母が健在だった場合には、父母の法定相続分は全財産の1/3です。もし被相続人が残した財産が6,000万円だった場合は父母の法定相続分は2,000万円になります。しかし遺産の大半が自宅で現金が少ない場合、被相続人の配偶者は2,000万円を用意するために、最悪の場合は自宅を処分することも考えなければなりません。
残された配偶者がこうした状態に陥ることを回避するためには、法的に有効な遺言書を作成しておくことをお勧めします。遺言書に父母には遺留分である全遺産の1/6を、配偶者には5/6を相続するという内容を書いておけば、父母には遺留分の1,000万円だけを渡すことで遺産相続をすることができます。遺言書は被相続人の最後の意思の表れなので、遺留分を侵害しない限り、遺言書の内容が法定相続分より優先されるからです。
またいずれにしても最低でも1,000万円の支払いがあることを想定して、死亡保険加入しておくなど、子どもがいない夫婦ならではの対策を講じておく必要があります。
5. 遺産分割協議
遺産分割協議は法定相続人全員が合意・納得すれば、遺言や法定相続分や遺留分と違った割合で相続することが可能になります。
例えば遺産分割協議で法定相続人全員が納得したうえで遺産分割協議書に「法定相続人全員の合意により、被相続人○○の全遺産を被相続人の配偶者XXが受け継ぐものとする」と記載をして、全法定相続人の署名・捺印があれば、被相続人の配偶者一人に遺産を集中させて相続することも可能となります。
また遺言書は作っていなかったけれども、被相続人が常日頃から特定の甥や姪に財産を残したい、と言っていた場合には、それが遺産分割協議で認められれば可能になります。しかし遺産分割協議では、法定相続人が一人でも反対した場合には成立しません。
法定相続人はもともと血族を中心にしており、とても近い存在であり、将来も付き合いがあることが予想される間柄です。お互いによく話し合ったうえで、被相続人の意思も反映させながら、円満な相続に向けて話し合いを行い、誰もが納得する結論が出せるようにお互いに協力する姿勢が必要になります。
6. まとめ
子どもがいない夫婦の率が年々上昇している現在の日本。子どもがいない夫婦の片方が亡くなった場合の相続は、子どもがいる夫婦の場合の相続とは異なる悩みがでてきやすいのが実情です。配偶者と子どもだけが相続人である場合には、この二者は親子ですから残された配偶者の生活が困らないように配分することを第一義に考えるでしょう。
けれども子どもがいない夫婦の場合は、配偶者+被相続人の父母または祖父母、配偶者+被相続人の兄弟姉妹と、配偶者にとっては直接の血縁でない人と共同相続人となります。そのため気を遣うことも多いでしょうし、同時に揉めがちなのです。遺言書もしくは遺産分割協議によって、共同相続人に対して最低限遺留分は渡さなければならないケースも出てくることが予想されます。残された配偶者の生活が成り立つように子どもに頼めない分、子どもがいない夫婦は死亡保険金をかけておくなど、事前に準備が必要です。
監修
アイリス綜合行政書士事務所
行政書士・FP 田中真作
早稲田大学法学部卒業。行政書士・FP・宅地建物取引士。2003年行政書士登録。
相続や離婚などの一般市民法務相談や各種許認可業務など幅広く対応。
田中真作の
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