「役所に死亡届を出すと、その情報が銀行にいって、故人の銀行口座が即刻凍結される」という話を聞いたことがある、という方もいらっしゃるでしょう。これは本当なのでしょうか?人が亡くなると、葬儀や供養、医療費の支払いや相続手続きなど、お金がかかるできごとや手続きが待っています。手元にある現金はほんの少ししかなく、ほとんどの預貯金が故人名義の口座にある場合には、どうしたらいいのでしょうか?今回は被相続人の銀行口座が凍結される時期とその理由、さらに対策について詳しく解説いたします。
本文中で何度も出てくる用語ですが、以下のように定義します。
用語の定義
被相続人:財産を残して亡くなった人。この人の財産を分けるのが遺産相続。
法定相続人:民法によって定められた被相続人の財産を相続する権利を持つ人。被相続人との婚姻関係や血縁によって決まる(例:配偶者や子どもなど)。詳しくはこちらの記事をご参考ください。
相続人:一般的には相続人=法定相続人と解釈されている。稀に相続人=法定相続人+法定相続人以外で財産を受け取ることになった人や団体、と何らかの形で遺産を受け取る人や団体全体をさす場合がある。
1. 死亡届を役所に提出すると、銀行に連絡が行くって本当?
死亡届を役所に提出すると、銀行に死亡連絡が自動的に行って即刻故人の銀行口座が凍結されてしまう、という話を聞いたことはありませんか?これは本当なのでしょうか?
結論から述べると、死亡届を出した瞬間に即刻銀行へ死亡の連絡が行き、故人名義の銀行口座が凍結されることはありません。
ただし、死亡届提出とほぼ同じタイミングで銀行口座が凍結されてしまう人もいます。いわゆる有名人・著名人です。有名人や著名人が亡くなった場合は、事務所から死亡が発表されたり、役所に死亡届を出すと死亡の事実が新聞等で報道されたりするケースが多くなります。金融機関はこの「死亡の事実を知った」時点で、故人名義の銀行口座を凍結します。
故人が一般人であっても、金融機関が「死亡の事実を知った」時点で故人名義の銀行口座が凍結されます。親族が一切金融機関に申し出なくても、回覧板や新聞で訃報が告知されたり、自宅で葬儀を行っているところに当該金融機関の人が通りかかって死亡の事実を知ったりすると、銀行口座が凍結される可能性があります。
つまり、銀行口座が凍結されるタイミングは、金融機関が「その人が死亡したと知った時点」ということなのです。
2. 銀行口座が凍結されるとどうなるのか?
銀行口座が凍結されると、その口座のキャッシュカードを使った現金の引き出しやATMでの残高の確認、ローンや各種口座振替等も一切できなくなります。そのため、故人(以下、被相続人)の口座から引き落とされていた各種公共料金やローン、クレジットカードの支払いなどの登録銀行口座は変更しなければなりません。
こちらも参考にしてください。
契約者が亡くなったら必要―公共料金等の解約・名義変更・引き落とし口座の変更手続き
3. なぜ銀行口座が凍結されるのか?
銀行口座が凍結される理由は「被相続人の死亡日現在の財産の総額が相続財産になる」という原則があるからです。
例えば、被相続人Aさんが亡くなった〇年〇月〇日現在のAさん名義の財産が次の通りだとします。
- プラスの財産:預貯金、不動産、動産、有価証券など
- マイナスの財産:借金、連帯保証している債務など
このプラスの財産とマイナスの財産の合計が「相続財産」となるので、Aさんの銀行預金なども死亡日時点で凍結し、金額を確定する必要が出てくるのです。
もし相続人の一人であるBさんが被相続人Aさんの死後、単独で勝手に預金財産を引き出して使ってしまったら、相続財産全体が減ってしまい、他の相続人に不公平になってしまいます。こうしたトラブルが起きないよう、また金融機関としてもトラブルに巻き込まれないように被相続人の死亡を知った時点で、銀行口座を凍結するのです。
4. 銀行口座が凍結される前にしておけること
人が亡くなると、大きな金額が必要になる場合がほとんどです。いくら葬儀・葬祭は内輪だけで執り行う、と言っても、やはりそれなりに出費があります。また、入院していれば退院にかかる費用や、介護費用、四十九日の供養、場合によってはお墓や仏壇の購入などの必要が生じることもあり、ある程度まとまった金額の支出は避けられません。相続人の誰か、または全員でこれら全てをまかなえれば良いのですが、そういうケースばかりではないでしょう。
このため、被相続人の銀行口座が凍結される前に、以下の3つの準備をしておくことをお勧めします。
4-1. 必要になりそうな費用を、生前に被相続人から借りておく
ひとつ目の方法は、あらかじめ介護費用や医療費、葬儀などで必要になりそうな金額を見積もって、被相続人の預金から見積もりに相応する金額を借りておくことです。
この際に気を付けるべき点は、生前に被相続人の銀行口座から借りたお金の総額と、支払ったお金の使い道、金額を誰が見ても分かるようにしておくことです。「勝手に使い込んだのでは?」と他の相続人から疑惑を持たれないように、時系列に沿って記録をつけておくことをお勧めします。
さらに支出ごとに必ず領収書を取っておき証拠にしましょう。こうして支出を明確にしておけば、相続の時に被相続人の口座から引き出したお金を何にいくら使ったか証明でき、銀行預金残高が少ない理由を立証できます。
このように生前に被相続人から借りておけば、被相続人の逝去後すぐに、多額のお金を被相続人の口座から引き出す必要がなくなります。
4-2. 被相続人に生命保険に入っておいてもらう
次に被相続人に、相続人のうちの誰かを受取人に指名した生命保険に入っておいてもらうことも有効です。その理由は、受取人を指名した保険金は預金のように凍結されることが無いからです。生前、被相続人から受け取りを指名された相続人が保険金を請求すれば、比較的早く指定の口座へ振り込まれます。これで被相続人の死後に必要なさまざまな費用を賄うことができます。
4-3. 被相続人の口座を凍結せずに現金を引き出す
金融機関が被相続人の死亡を知る前に、お金を引き出しておくという方法もあります。特に被相続人が急死した場合には、現実的にはこれしか方法が無い、とも言えます。
銀行に被相続人が亡くなったことを黙っておくことは可能なのでしょうか?その答えはYesです。また黙っていたことに対する罰則や罰金もありません。ただし、遺族が黙っていても、「1. 死亡届を役所に提出すると、銀行に連絡が行くって本当?」で述べたように、死亡記事が新聞に出たり、訃報が町内に掲示されたりした場合には、金融機関にわかってしまいますので必ずしも安全とは言えません。
また、金融機関に被相続人の死亡を黙ったまま、家族が被相続人の口座から預貯金を引き出してもいいのだろうか、と心配な方もいらっしゃるでしょう。特に被相続人から生前に委任状または同意書などが無い場合、家族とはいえ勝手に預金を引き出すと違法になるのでは?と思われるかもしれません。こうした行為に罰則などはあるのでしょうか?実はこうした行為自体への罰則は無いのです。
しかしながら、他に方法が無い場合には、現実的には致し方ない方法といえますが、本来お勧めできる方法ではありません。それは、上記「3. なぜ銀行口座が凍結されるのか?」で述べたとおり、本来、預貯金は被相続人が亡くなった時点で「相続財産」になるからです。そのため、他の相続人の相続分を不当に引き出したら、それは不法行為にあたります。また、他の相続人から返還請求があれば、当然返還しなければなりません。損賠賠償請求されることも十分にありえます。
特に相続人が複数人いる場合には、独断で多額のお金を引き出してしまうと、後に相続トラブルに発展しかねません。そのため事前に相続人同士でしっかり話し合いをして、同意を取り付けておくことが大切です。
また、一度に多額のお金を引き出すと、金融機関から特殊詐欺などの被害を疑われて、講座名義人、つまり被相続人あてに電話で確認されることがあります。この際、うっかり被相続人が死亡したので葬儀費用として使った、使いたいことなどを金融機関に話してしまうと、その時点で口座は凍結されてしまいますので注意しましょう。
逆に口座があるとわかっているのに、口座閉鎖の手続きが面倒だからと故人の口座を放置しないようにしましょう。放置しておくと一部の相続人が勝手に預貯金を引き出すことも可能になり、相続トラブルの原因になることも考えられます。そのため、葬儀や供養などが落ち着いたら、金融機関に被相続人の死亡を届け出たほうがよいでしょう。
5. 預貯金債権の払戻し制度を利用する
被相続人名義の銀行口座が凍結された後、どうしても現金がすぐに必要な場合には「預貯金の払戻し制度」を利用するのもよいでしょう。この制度が導入されたことによって、遺産分割が成立する前であっても、一定の金額であれば法定相続人が、被相続人名義の預貯金を出金できるようになりました。
5-1. 預貯金の払戻し制度
葬儀費用の支払や当面の生活費のためにお金が必要になる場合を想定して、2019年7月から「預貯金の払戻し制度」が開始されました。これは、遺産分割が成立する前であっても、一定の金額の範囲内で、法定相続人が故人名義の預貯金を引き出せる制度です。
ただし、この「預貯金の払戻し制度」を利用すると、相続する意志があるとみなされ、「相続放棄」ができなくなる可能性があります。被相続人が残したマイナスの財産が多いなど、相続放棄を検討している場合、払戻し制度の利用には注意が必要です。
出金できる金額は次の『いずれか低い金額』になります。
- 死亡時の預貯金残高 × 法定相続分(※1) × 3分の1
- 150万円
(※1)国税庁:民法で定められた相続割合(外部リンク)
なお、この制度は金融機関ごとに適用されます。そのため、複数の金融機関に口座がある場合は、金融機関の数だけ出金できる金額が増えます。
この制度を利用した払戻しに必要な書類は、以下のとおりです。
- 被相続人が生まれてから亡くなるまでの戸籍謄本または法定相続情報一覧図
- 相続人全員の戸籍謄本
- 払戻を請求する相続人の身分証明書、印鑑証明書
- 申請書等
なお、必要書類は金融機関ごとに異なる可能性があるので利用する金融機関のHPなどで事前に確認しましょう。
では、家庭裁判所の判断によらない払戻し制度を利用した場合に、どのくらいのお金を引き出せるのか、具体例で確認しましょう。
払い戻し制度利用の具体例
相続人:被相続人の配偶者(妻)と2人の子ども
(妻の法定相続分は2分の1、子どもの法定相続分は4分の1ずつ)
預金:A銀行1,200万円、B銀行300万円
A銀行(預金1,200万円)で出金可能な金額
妻の場合
預金残高×法定相続分×3分の1なので、1,200万円×2分の1×3分の1=200万円
200万円だと、先にあげた「いずれか低い方の金額」である150万円を超えていますので、出金可能額は150万円になります。
子どもの場合
預金残高×法定相続分×3分の1なので、1,200万円×4分の1×3分の1=100万円
100万円だと、先にあげた「どちらか低い方」の150万円よりも少ないので、出金可能額は100万円になります。
B銀行(預金300万円)で出金可能な金額
妻の場合
預金残高×法定相続分×3分の1なので、300万円×2分の1×3分の1=50万円
150万円より少ないので、出金可能額は50万円になります。
子どもの場合
預金残高×法定相続分×3分の1なので、300万円×4分の1×3分の1=25万円
150万円より少ないので、出金可能額は25万円になります。
以上のように見てみると、A銀行とB銀行で出金可能な金額は次の通りになります。
妻は150万円+50万円=200万円
子どもは100万円+25万円=125万円(この例の場合、子どもは2人いるので、それぞれ125万円ずつ引き出すことができます。)
妻と子どもの出金可能額を合計すると、200万円+125万円×2人=450万円になります。一般的な葬儀費用は150万~200万円程度といわれているので、葬儀代の支払いには充分な金額を用意することができるでしょう。
5-2. 家庭裁判所の判断による仮払い
この制度は、家庭裁判所に預貯金の仮払いの必要があると認められた場合に、他の相続人の利益を害さない範囲において預貯金の仮払いが受けられるという制度です。「5. 預貯金債権の払戻し制度を利用する」のような金額の上限がないため、上限を超える金額が必要な場合には検討の余地があります。
ただし、こちらの制度を利用するためには預貯金のみならず、相続財産全てについて家庭裁判所に遺産分割の審判又は調停の申し立てが必要になります。弁護士への依頼が必要になり、手間と費用を要するためハードルは高くなりますが、選択肢の一つとして考えるのもよいと思います。
6. 凍結後の手続きに必要な書類
口座が凍結されると、凍結が解除されて口座が元のように使えるようになることは二度とありません。口座名義人である被相続人が死亡しているのですから。ではどうすれば口座にあるお金を引き出したりすることができるようになるのでしょうか?
そのためには、被相続人が「この口座の預金は相続人Xが引き継ぐ」などの指定がなされた遺言書、または相続人全員で合意した遺産分割協議による相続の確定や、家庭裁判所の調停などによって口座を引き継ぐ人が決まっている必要があります。その上で、金融機関で相続手続きをすることになります。つまり口座の凍結を解除するには、手間と時間がかかるのです。
なお金融機関での相続手続きは、ケースバイケースですが、おおむね以下のようなケースが想定されます。その場合の一般的な必要書類等は以下のようになります。
6-1. 遺言書により預貯金取得者が決まっている場合
- 遺言書
- 自室証書遺言の場合は、検認調書又は検認済証明書
- 故人(被相続人)の戸籍謄本又は全部事項証明書(死亡の確認ができるもの)
- 預貯金を相続する人の印鑑証明書(遺言執行者がいる場合は執行者の印鑑証明書)
- 遺言執行者の選任審判書謄本(裁判所で遺言執行者が選任されている場合のみ)
- 預金通帳、キャッシュカード、銀行印等
6-2. 遺産分割協議書がある場合
- 遺産分割協議書(法定相続人全員の署名押印があるもの)
- 被相続人の除籍謄本、戸籍謄本または全部事項証明書(出生から死亡までの連続したもの)
- 相続人全員の戸籍謄本または全部事項証明書
- 相続人全員の印鑑証明
- 預金通帳、キャッシュカード、銀行印等
6-3. 遺産分割協議をしたが遺産分割協議書がない場合
- 被相続人の除籍謄本、戸籍謄本または全部事項証明書(出生から死亡までの連続したもの)
- 相続人全員の戸籍謄本または全部事項証明
- 相続人全員の印鑑証明
- 預金通帳、キャッシュカード、銀行印等
6-4. 調停又は審判によって預貯金取得者が決定している場合
(
5-2. 家庭裁判所の判断による仮払い参照)
- 調停調書謄本
- 審判所謄本
- 審判確定証明書
- 預貯金を取得する相続人又は受遺者の印鑑登録証明書、実印
- 預金通帳、キャッシュカード、銀行印等
なお、上記の名義変更の手続きについては、金融機関によって内容がもちろん異なりますが、書類に不備さえなければ早ければ1~2週間で完了することができます。
7. まとめ
人が亡くなった後には、思いもかけずお金が必要な場面が多くあります。また被相続人と同居していて、生活費のほとんどを被相続人名義の口座にある預金から賄っている場合もあるでしょう。相続人それぞれが十分な現金を手元に持っていれば、それで各種費用や当面の生活費を捻出することもできるかもしれません。けれども全てのケースでそれが可能、とは考えられないでしょう。そのため、どうしても被相続人の金融機関口座にある預金を使わなければならないケースもあると思います。
こうしたケースを救済するために「預金の払戻し制度」が創設されました。特に被相続人が急死した場合には、事前に大量の現金を引き出しておくことがほとんど不可能なため、この制度ができたことは大きな意味を持っています。ぜひこの制度があることを、頭の片隅に置いておいていただきたいと思います。
また、事前に被相続人から借りる形で当面必要な金銭を用意した場合には、記録をしっかりとつけて、さらに支出の証拠となる領収書を保管しましょう。退院費用の支払いや葬儀費用など、慌ただしい中での支払いが続くと思いますが、後々の相続トラブルを避けるためにもぜひ注意してください。
被相続人が亡くなったことは、いずれかの時点で金融機関に申し出ましょう。仮に既に預貯金などがほとんどない場合でも、その口座を長期間放置しておくと、特殊詐欺やマネーロンダリングなどの犯罪に悪用される可能性もあるからです。
親族のお金なのに口座が凍結されて引き出せないなんて!と思う時もあるでしょう。でも口座を凍結することが相続トラブルを防ぎ、また口座が悪用されないようにするために必要な処置だということをご理解いただけたら、と思います。
監修
アイリス綜合行政書士事務所
行政書士・FP 田中真作
早稲田大学法学部卒業。行政書士・FP・宅地建物取引士。2003年行政書士登録。
相続や離婚などの一般市民法務相談や各種許認可業務など幅広く対応。
田中真作の
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