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大河ドラマ「豊臣兄弟!」で、宮澤エマさんが演じる豊臣兄弟の姉「とも」。史実では智(とも)といい、のちに出家して日秀尼(にっしゅうに)と名乗った人物です。豊臣秀次の母であり、秀次一族の菩提を弔うために寺を開いたことで知られます。
日秀尼のお墓は、滋賀・近江八幡の瑞龍寺(村雲御所)、京都の善正寺、京都の本圀寺と、複数の寺の名前が挙がります。ただし、拝観できるかどうかは寺ごとに大きく異なります。この記事では、それぞれの違いと、お墓参りの前に確認しておきたいことを整理しました。
※日秀尼の生涯には、ドラマの放送がまだ及んでいない時期の史実が含まれます。ドラマの展開を知りたくない方は、「史実の部分」を読む際にご注意ください。
日秀尼(とも)のお墓はどこにある?3つの寺の違い
日秀尼の墓所としては、近江八幡の瑞龍寺、京都の善正寺、京都の本圀寺の3つが挙げられることが多いです(Wikipediaなどの記載による)。ただし、3か所はどれも同じように参拝できるわけではありません。まずは違いを整理します。
日秀尼ゆかりの3つの寺と、お墓参りの目安
| 寺 |
日秀尼との関係 |
参拝の目安 |
| 瑞龍寺(滋賀・近江八幡) |
日秀尼が開いた寺。秀次の菩提寺 |
境内は自由に参拝可(墓の位置は公式で未確認) |
| 善正寺(京都市左京区) |
日秀尼が開いたとされる寺。秀次の廟と日秀尼の墓がある |
非公開・撮影禁止 |
| 本圀寺(京都市山科区) |
出家の際の師僧の寺。墓所とする資料がある |
要確認 |
観光で気軽に訪ねられるのは、山の上にある近江八幡の瑞龍寺です。一方、日秀尼の墓があると伝わる京都の善正寺は、拝観が非公開とされています。「お墓にお参りしたい」という場合は、事前に寺へ問い合わせてください。
また、「瑞龍寺」という名の寺は他にもあります。旭姫(秀吉の妹)の墓所として知られる静岡の瑞龍寺は、近江八幡の瑞龍寺とは別の寺です。詳しくは旭姫のお墓の記事をご覧ください。
智(とも)=日秀尼とはどのような人物だったのか
ここからは史実です。智は天文3年(1534年)の生まれで、豊臣秀吉の姉にあたります(同父の姉とされる)。のちに三好吉房となる弥助に嫁ぎ、秀次、秀勝、秀保の3人の男の子を育てました(出典:Wikipedia「日秀尼」)。
三男の秀保は、天正16年(1588年)に秀吉の弟・秀長の養子になっています。ともの一家は、弟たちの出世とともに、豊臣政権の中枢に深く関わっていきました。
転機は、文禄4年(1595年)です。関白となっていた長男の秀次は、高野山で自害を命じられました。秀次の妻子ら一族も、京都の三条河原で処刑されたと伝わります(出典:京都・瑞泉寺の紹介記事)。次男の秀勝は朝鮮出兵のさなかに亡くなっており、智は子や孫を相次いで失いました。
智は翌年の文禄5年(1596年)正月に出家し、日秀と名乗ります(村雲御所瑞龍寺門跡の公式サイトでは慶長元年とする表記)。そして京都の村雲に瑞龍寺を開き、息子や孫たちの菩提を弔いました。後陽成天皇から寺地や寺領を与えられ、のちに「村雲御所」と呼ばれる尼門跡寺院になります。
日秀尼は寛永2年(1625年)に92歳で亡くなったとされます(日付は4月24日とする説と4月4日とする説があります)。弟の秀吉や、大坂の陣による豊臣家の滅亡も、見届けた人生でした。
瑞龍寺は、その後、二条城内の殿舎の寄進を受けて堀川今出川へ移り、天明の大火で焼失して再建されます。昭和36年(1961年)に、秀次の居城だった八幡山城の跡である近江八幡へ移されました(出典:村雲御所瑞龍寺門跡公式サイト)。なお、移転の時期は資料によって昭和38年とする記述もあります。
ドラマ「豊臣兄弟!」でともを演じる宮澤エマさんと史実の違い
ドラマでともを演じるのは、宮澤エマさんです。NHKが2025年2月に発表したキャストで、宮澤さんにとっては「鎌倉殿の13人」に続く2度目の大河ドラマ出演です(出典:シネマトゥデイ、2025年2月4日)。
発表時の紹介では、ともは秀長と秀吉の姉で、しっかり者の負けん気の強い女性とされています。宮澤さんは、序盤は家族を支える頼れる姉として描かれると話しています。ともは秀長や秀吉より長生きするため、長い時間をかけて向き合う役になりそうだとも語っています。
ドラマの設定や名前の表記は、史実と一致するとは限りません。たとえば、史料や研究では「智」と書かれる名前を、ドラマでは「とも」と表記しています。また、秀長とともの関係(同父か異父か)については、史料や研究によって説明が分かれます。この記事では、ドラマの個別の場面には触れず、史実とドラマを分けて紹介します。
ドラマでどの時期までが描かれるかは、今後の放送を待つことになります。史実を先に知っておくと、場面の意味が分かりやすくなる一方、展開を知りたくない方もいらっしゃるでしょう。気になる方は、放送を見終えてからお墓参りの計画を立てるのもよい方法です。
日秀尼と関係の深い人物、ゆかりの場所
日秀尼のお墓参りとあわせて、家族のゆかりの地を知っておくと、旅の計画が立てやすくなります。
日秀尼の家族と、ゆかりの場所
| 人物 |
ゆかりの場所 |
| 秀次(長男) |
善正寺の廟、瑞泉寺(京都)、瑞龍寺 |
| 秀勝・秀保(次男・三男) |
善正寺に墓があるとされる |
| 秀吉(弟) |
豊国廟(京都) |
| 秀長(秀保の養父) |
大納言塚(奈良・大和郡山) |
秀次とその一族の墓として知られるのは、京都・木屋町の瑞泉寺です。ここには秀次の供養塔のほか、妻子や家臣のための五輪塔が並びます(出典:京都・瑞泉寺の紹介記事。日秀尼についての記載は確認できませんでした)。
弟たちのお墓については、豊臣秀吉のお墓の記事と、豊臣秀長のお墓の記事で解説しています。
お墓参りへの行き方と、訪ねる前の確認事項

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瑞龍寺(村雲御所):滋賀県近江八幡市宮内町19-9
JR近江八幡駅北口から近江バス(長命寺行き)に乗り、「八幡堀(大杉町)八幡山ロープウェー口」で下ります。そこから徒歩で山麓駅へ行き、ロープウェーで約4分、山頂駅から境内へ歩きます。ロープウェーの運行は9時から17時、15分間隔です。車の場合は、名神高速の竜王ICまたは蒲生スマートICから約12kmで、駐車場は無料で20台です(出典:近江八幡の観光情報、tabi-mag)。
境内は9時から17時まで、無休で自由に参拝できます。ただし、堂内の拝観料は、情報源によって500円とも600円ともされています。また、公式サイトには2026年8月17日付で本堂の改修工事に関するお知らせが出ています。訪ねる前に、公式サイトで最新の情報を確認してください。毎年7月15日には、秀次の命日の法要(顕彰法要)が行われているとされます。
電話番号は情報源によって表記が異なるため、問い合わせは公式サイトの問い合わせフォームが確実です。
善正寺:京都市左京区岡崎東福ノ川町9
善正殿には秀次の供養墓と一族の供養塔があり、その脇に日秀尼の墓があるとされています(出典:Wikipedia「善正寺」)。ただし、拝観は非公開で、境内の撮影も禁止されていると紹介されています。電話は075-771-0859です。お墓参りを希望する場合は、必ず事前に問い合わせて、寺の指示に従ってください。許可なく立ち入らないでください。
本圀寺:京都市山科区御陵大岩6
日秀尼が出家の際に師とした日禎が関わる寺です。日秀尼の墓所の一つとする資料がありますが、墓の場所や参拝の可否は確認できませんでした。訪ねる場合は、寺または京都市の観光案内で最新の情報を確認してください。
瑞泉寺:京都市中京区木屋町通三条下ル石屋町114-1
秀次一族の墓があります。京阪三条駅から徒歩約5分です。電話は075-221-5741で、拝観時間や料金は、事前に公式の情報を確認してください。
お墓参りのマナーと、遠方で行けない場合の供養
お墓参りでは、次の点を心がけてください。
- 境内では静かに過ごし、案内がある場所以外には立ち入らない。
- 非公開の場所は、事前に許可を得てから訪ねる。
- 撮影が禁止されている場所では、撮影しない。
- お供えやごみの扱いは、寺の決まりに従う。
遠方で行けない場合や、まず自宅で手を合わせたいという場合は、身近な場所に供養の場を持つ方法もあります。自宅で納骨できるミニ骨壺「ZAYU(自宅納骨のミニ骨壺)」という選択肢もあります。
出典・参考資料
本記事で使用した事実の出典です(最終確認日:2026年10月16日)。
※本圀寺の所在地は、前回までの調査で確認した京都市の観光情報によります。拝観の可否や時間は、訪問前に必ず各寺の最新の案内をご確認ください。※日秀尼の墓所については、公式サイトで墓の位置を確認できなかったため、二次情報に基づいて「とされる」と記載しています。
本記事は一般的な情報の提供を目的としており、法律・税務・宗教上の判断を要する内容については、個別の事情により対応が異なる場合があります。具体的な手続きやご判断にあたっては、専門家(弁護士・行政書士・税理士・菩提寺など)にご確認・ご相談いただくことをおすすめします。
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