織田信雄(信長の次男)のお墓参りができる場所として、公的な案内で確かめられるのは、群馬県甘楽町の崇福寺(七代の墓)と、奈良県宇陀市の徳源寺です。京都の総見院を墓所のひとつとして紹介する資料もあります。この記事では、3つの場所の違いと行き方、参拝の注意点、ドラマ「豊臣兄弟!」で信雄を演じる山脇辰哉さんと史実の違いを、公的な情報をもとに整理します。
織田信雄のお墓はどこ?崇福寺・徳源寺・総見院の違いと行き方、参拝の作法【豊臣兄弟!(山脇辰哉さん演)】
織田信雄のお墓はどこにある?3つの場所の違い
織田信雄のお墓参りができる場所として、公的な案内で確かめられるのは、群馬県甘楽町の崇福寺(小幡織田氏七代の墓)と、奈良県宇陀市の徳源寺(宇陀松山藩主の菩提寺)の2か所です。京都の大徳寺総見院を、墓所のひとつとして紹介する資料もあります。信雄は織田信長の次男で、晩年に領地を得た上野国の小幡と大和国の宇陀に、織田家の墓所が残っています。
織田信雄のゆかりの墓所の比べ方
| 場所 | 何があるか | 見学の目安 |
|---|---|---|
| 崇福寺(群馬県甘楽町) | 信雄から七代信富までの五輪塔が並ぶ | 町の案内で「常時可」 |
| 徳源寺(奈良県宇陀市) | 信雄・高長・長頼・信武の五輪塔 | 拝観時間などの公的な案内は未確認 |
| 総見院(京都市北区) | 織田信長一族の墓碑が並ぶ。信雄の墓所とする資料もある | 秋の特別公開あり(2026年は11月30日まで) |
信雄本人の墓を確かめたいときは、まず崇福寺か徳源寺を訪ねるのが確実です。なお、同じ「崇福寺」という名の寺は各地にあり、岐阜市の崇福寺は織田信長の墓があるとされる別の寺です。
群馬県甘楽町・崇福寺|小幡織田氏七代の墓
崇福寺は群馬県甘楽郡甘楽町小幡にある臨済宗の寺で、境内に信雄から七代信富までの墓があり、墓石はいずれも五輪塔です。甘楽町は、この墓を昭和38年(1963年)6月20日に町の指定史跡としています。町の案内では、見学は「常時可」とされています。
信雄は元和元年(1615)に徳川家康から大和国宇陀と上野国小幡などを与えられ、小幡に始まる織田家(小幡織田氏)の初代とされます。小幡藩はのちに8代152年続き、明和4年(1767)の事件で出羽国高畠へ移されました。崇福寺は、もとは小幡氏の菩提寺だった宝積寺から墓石を移すなどして、織田家の菩提寺として整えられたと伝えられています。町の案内板の内容を紹介した資料によると、墓は宝暦8年(1758)と明治4年(1871)の火災を経ています。
寺の位牌堂には、信雄を含む織田氏の位牌10体が安置されています。この位牌は、2018年(平成30年)1月31日に甘楽町の有形文化財に指定されました。位牌堂の中は、見学の条件を公的に案内した資料を確認できなかったため、お参りの際は寺の方の指示に従ってください。
近くのゆかりの地:楽山園
同じ小幡地区に、織田氏の藩邸に付属した大名庭園の楽山園(国指定名勝)があります。入園料は300円(中学生以下は無料)で、開園時間は11〜2月が9時〜16時(入園は15時30分まで)、年末年始は休園です。墓参りとあわせて、織田家の城下町だった小幡を歩く方も多いようです。
奈良県宇陀市・徳源寺|宇陀松山藩主の菩提寺
徳源寺は、奈良県宇陀市大宇陀岩室にある臨済宗大徳寺派の寺で、宇陀松山藩の織田家歴代藩主の菩提寺です。宇陀市観光協会の案内では、2代藩主の織田高長が、初代の父・信雄の菩提を弔うために建てた寺で、境内に信雄、2代高長、3代長頼、4代信武の五輪塔があります。
宇陀松山藩は、信雄が大坂の陣のあと家康から大和国宇陀郡などを与えられて始まりました。元禄8年(1695)、4代藩主信武のときに「宇陀崩れ」と呼ばれる事件が起こり、丹波国柏原へ移されて藩は廃されています。
行き方は、近鉄榛原駅から「大宇陀」行きのバスに乗り、「西山」で降りて徒歩約10分です。拝観の時間や料金、墓所に入れる範囲については、公的な案内を確認できませんでした。お出かけ前に、宇陀市観光協会(電話0745-82-2457)へご確認ください。
京都・大徳寺総見院|織田一族の墓所と信雄
総見院は、京都市北区紫野大徳寺町にある大徳寺の塔頭で、織田信長の菩提を弔うために建てられた寺として知られます。境内には、信長をはじめ一族の墓碑が並ぶと紹介されています。信雄の墓所のひとつとして総見院を挙げる解説もありますが、総見院側の案内では信雄の墓の位置を確認できませんでした。信雄の墓を目当てにするときは、崇福寺か徳源寺を先に考えるのがよいでしょう。
大徳寺の発表によると、総見院の秋の特別公開は2026年10月10日(土)から11月30日(月)までで、拝観時間は10時から16時(受付終了)、拝観料は大人800円、中高生400円です。11月21日・22日は休止日で、法要などで休止日が増えることもあります。信長の墓所については、織田信長のお墓はどこ?阿弥陀寺・総見院・本能寺の違いで詳しく紹介しています。
ドラマ「豊臣兄弟!」での織田信雄役・俳優の山脇辰哉さんと史実の違い
大河ドラマ「豊臣兄弟!」で織田信雄を演じているのは、俳優の山脇辰哉さんです(NHK公式の第34回ページによる)。ここでは、NHKが公表しているあらすじの範囲で、ドラマと史実を分けて整理します。
第34回「最強のライバル」(2026年9月6日放送)では、信雄が徳川家康(松下洸平さん)に近づき、羽柴秀吉を倒そうと持ちかける場面が、NHK公式のあらすじで紹介されています。家康はこれを断ります。続く第35回(9月13日放送)では、報道によると、信雄は家康の後ろ盾を得て兵を挙げ、小牧山城に籠もる徳川軍との戦いが各地に広がります。
史実では、信長の死後に織田家の当主格だった信雄が、天正12年(1584)の小牧・長久手の戦いで家康と組み、秀吉と戦ったとされます。ただし、ドラマの個々の会話や細かな場面が史実どおりかは、わかりません。ドラマは脚色を含む物語として、史実とは分けてお楽しみください。
織田信雄とはどんな人物だったのか
織田信雄は、織田信長の次男です。信長の死後、尾張などを領しましたが、秀吉と対立し、小牧・長久手の戦いのあとで秀吉と和睦しました。天正18年(1590)の小田原攻めのあとには、国替えの命に従わず領地を失ったとされ、のちに出家して「常真」と名乗り、秀吉のそばに仕えたと伝わります。
大坂の陣では徳川方につき、元和元年(1615)に家康から大和国宇陀郡と上野国の一部を合わせて5万石を与えられました。信雄は寛永7年(1630)に73歳で亡くなったとされます。茶や和歌などの文化に親しんだ人物としても紹介されています。信雄の子孫は、小幡藩や宇陀松山藩などの藩主家として続きました。兄弟の物語を知る手がかりとして、豊臣秀吉のお墓はどこ?豊国廟の場所と参拝の作法もあわせてご覧ください。
お墓参りの行き方と参拝の作法
崇福寺は車でも電車でも行けますが、駅から離れているため、移動手段の確認が大切です。鉄道では、高崎駅から上信電鉄で約30分の上州福島駅が最寄りです。町の案内では、駅から楽山園まで徒歩で約3.7kmとされ、無料のレンタサイクルも案内されています。車では、上信越自動車道の甘楽スマートICから楽山園まで約5km、富岡ICから約10分です。崇福寺の駐車場については、境内などに駐車できるとの紹介がありますが、公的な案内は確認できませんでした。路線バスの案内も確認できなかったため、事前に町の窓口でご確認ください。
出かける前のチェックリスト
- 崇福寺は、甘楽町教育課 文化財保護係(電話0274-64-8324)が窓口です。
- 徳源寺は、宇陀市観光協会(電話0745-82-2457)に拝観の可否を確認します。
- 総見院は、特別公開の日程と休止日を、大徳寺や京都市の案内で確認します。
- 墓所は寺の境内です。大声や、墓石に腰かける・乗るなどの行いは控えます。
- 手を合わせる前に、本堂や寺の方へ一礼します。供え物は持ち帰ります。
- 墓や位牌の撮影は、掲示や寺の方の指示に従います。
遠方でお墓参りが難しいときの供養のかたち
群馬、奈良、京都と、織田家のゆかりの地は離れており、思い立ってすぐに訪ねるのは簡単ではありません。それでも、静かに手を合わせて思いを寄せることは、どこにいてもできます。ご自身の大切な方の供養についても、お墓参りが難しいときには、自宅で納骨できるミニ骨壺という選択肢があります。
よくある質問
Q. 織田信雄のお墓はどこにありますか?
公的な案内で確かめられるのは、群馬県甘楽町の崇福寺(七代の墓)と、奈良県宇陀市の徳源寺(五輪塔)です。京都の総見院を墓所のひとつとして紹介する資料もあります。
Q. 崇福寺の墓は、いつでも見学できますか?
甘楽町の案内では、見学は「常時可」とされています。寺の境内ですので、静かに、寺の方の指示に従ってお参りしてください。
Q. 徳源寺は拝観できますか?
拝観の時間や料金は、公的な案内を確認できませんでした。宇陀市観光協会(電話0745-82-2457)に、お出かけ前に確認してください。
Q. 岐阜の崇福寺と同じ寺ですか?
別の寺です。岐阜市の崇福寺は織田信長の墓があるとされる寺で、信雄の墓がある甘楽町の崇福寺とは、場所も歴史も異なります。
Q. ドラマの信雄は史実どおりですか?
信雄が小牧・長久手の戦いで家康と組み、秀吉と戦ったことは史実とされています。ただし、場面の会話や細部は脚色を含みますので、史実と同じとは限りません。
まとめ
- 織田信雄は信長の次男で、寛永7年(1630)に73歳で亡くなったとされます。
- 墓参りの場所として確かめられるのは、群馬県甘楽町の崇福寺と、奈良県宇陀市の徳源寺です。
- 崇福寺には、信雄から七代信富までの五輪塔が並び、町の案内で見学は「常時可」です。
- 京都の総見院を墓所のひとつとする資料もありますが、信雄の墓の位置は総見院側の案内で確認できませんでした。
- お出かけ前に、甘楽町や宇陀市観光協会へ、拝観・駐車・行き方をご確認ください。
遠くの大切な人を、身近な場所で偲ぶという選択
お墓が遠方にある、あるいはゆかりの地を訪ねる機会が限られる。そのようなとき、ご自身の大切な方の供養を、無理のない形で続ける方法もあります。自宅で納骨できるミニ骨壺という選択肢があることを、頭の片隅に置いておいてください。
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出典・参考資料
本記事で使用した事実の出典です(最終確認日:2026年11月4日)。
- NHK 大河ドラマ「豊臣兄弟!」第34回「最強のライバル」(あらすじ・出演者)
- モデルプレス「豊臣兄弟! 第35話」(2026年9月13日放送分のあらすじ)
- 甘楽町「織田信雄・織田氏七代の墓」(町指定史跡)
- 文化庁 文化遺産オンライン「織田氏の位牌」(甘楽町指定)
- 甘楽町「楽山園」(行き方・開園時間・観覧料)
- 観光ぐんま「国指定名勝 楽山園」
- 宇陀市観光協会「徳源寺」
- 奈良県「織田氏の末裔の藩」
- 大徳寺 2026年秋季 塔頭寺院特別公開(PR TIMES)
- 京都春秋「大徳寺 総見院」(住所・一族の墓碑)
- 小学館 serai.jp「織田信雄とは何者か?」(晩年・没年・墓所の紹介。二次情報)
- 群馬県の地域サイト「織田家七代の墓と位牌堂」、旅行記事(崇福寺の沿革・案内板の紹介。二次情報)
※比較表は、上記をもとにSOBANI編集部で整理しました。拝観の時間や料金、休止日は変わることがあります。
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