アメリカでは一般的なエンバーミング―その理由と歴史

エンバーミング(遺体衛生保全)は、土葬の伝統が根付いているアメリカではごく一般的な施術だ。現在でも50%以上の遺体がエンバーミング施術されていると言われている。エンバーミングはキリスト教にルーツがあるわけでも、法律でしなければならないと定められているわけではないのに、なぜアメリカでこれほど広まったのか、その理由や州によって異なる法的位置づけ、宗教や環境問題の側面からはどのように考えられているのか。今回はエンバーミング先進国であるアメリカの事情をご紹介します。

index 目次
  1. 1. アメリカでは一般的なエンバーミング
    1. 1-1. エンバーミングとは?
    2. 1-2. 半数以上がエンバーミングしている?
    3. 1-3. エンバーミングにかかる費用
    4. 1-4. エンバーマーの養成
    5. 1-5. 州によって異なるエンバーミングの法律
  2. 2. 宗教
  3. 3. 環境問題
  4. 4. エンバーミング普及のきっかけは南北戦争
  5. 5. 日本のエンバーミング

1. アメリカでは一般的なエンバーミング

一般的に、キリスト教徒は土葬を選ぶ傾向がある。キリストが再臨し、死者も生者も天国と地獄に振り分けられるので、その際に遺体が焼かれていると審判ができないと考えられているからだ。だからキリスト教徒が主流のアメリカでは、歴史的に土葬が多かったと言われている(※1)。職住近接の時代には、亡くなった後、すぐに埋葬できるので、遺体の腐敗による弊害は少なかったが、後述のように、19世紀半ばに起こった南北戦争により、遠くの戦場で亡くなった遺体を故郷まで運ぶのに相当な日数がかかるようになると、遺体の腐敗を防ぐことが喫緊の課題となった。そこでエンバーミングの出番である。

1-1. エンバーミングとは?

エンバーミングとは、次の目的のために遺体に化学処置をすることである。(※2)

  • 遺体からの危険な感染を防ぐために消毒・殺菌するため
  • 死後すぐに腐敗が進むので内臓に防腐液を入れて腐敗を防止するため
  • 生前の穏やかなお顔を取り戻して見栄えよく修復・化粧等をするため

現在、アメリカでは大学で教えているところもあるほど高度な技術であるが、簡単にいうと、遺体の中にある血液、老廃物、体液等を遺体から抜き、その代わりにエンバーミング保全液(化学薬品)を注入し、切開箇所の縫合・修復、遺体の表面を洗浄、消毒、洗顔、保湿剤塗布、顔の表情や髪型を整え、適切な衣装への着せ替え等を行い、安らかな状態にすることだ(※3)。

1-2. 半数以上がエンバーミングしている?

アメリカではvisitationと呼ばれている(viewingやwakeとも言われることもある)、日本の通夜にあたる儀式があるが、この時、親族や友人たちが故人に最後のお別れにやってくる。その時の故人の尊厳のためにも、遺体を安らかな状態に保つために、エンバーミングを施術することが必要だと多くのアメリカ人は考えている。遺体はvisitationと同じ日、もしくはその翌日に埋葬されることが多い。

このように、アメリカでは葬儀社の努力もあり、エンバーミングは伝統的な葬儀に欠かせないものとされている。「エンバーミング」は主にアメリカで発展した技術であり、現在も盛んに施術されている。ただし、実際、どれくらいの割合で行われているのか、アメリカの葬儀業界は正確な統計を公表していない。90~95%の遺体がエンバーミングを施されているというデータもあれば(※4)、『ニュー・ヨーク・タイムズ・マガジン』は、20世紀中ごろまでは大半の遺体がエンバーミング施術を受けていたが、21世紀では約50%程度と推定している(※5)。この推計によれば、アメリカでは2019年には年間285万人以上が亡くなっているので、少なくとも140万人以上はエンバーミング施術を受けていることになる。(※6)

1-3. エンバーミングにかかる費用

エンバーミングには500ドルから1300ドルほどの費用がかかる。葬儀社は、エンバーミングをしなければ、visitationもしないというところが多いようだ。さらに、エンバーミングを行うと、それに付随する形で、棺を上等なものにしたりするなど、葬儀社にはエンバーミング施術1体につき、3000ドル以上の経済効果があると言われている(※7)。

1-4. エンバーマーの養成

また、エンバーミングが一般的であるからこそ、エンバーミングを施すエンバーマーの数も多い。エンバーミングには専門的な知識や技術が必要なので、エンバーマーの質を客観的に認証することが重要になってくる。

アメリカには葬儀サービス教育の質の向上と維持のために、American board of funeral service education (ABFSE: アメリカ葬儀サービス教育委員会)がある。ABFSEは連邦教育省と大学団体の1つであるCouncil for Higher Education Accreditation: 高等教育認定評議会)の両方の認証を受けており、十分な社会的認知を持つ教育の質を認定する機関である。2013年時点で、ABFSEは、準学士課程(2年制の短期大学課程)で56プログラム、学士課程(4年制の大学課程)で7プログラムを認証している(※8)。たとえば、ミネソタ州にある州立大学University of Minnesota-Twin Citiesやペンシルヴァニア州にある私立大学Point Park University等では学士課程でエンバーミングを専門に勉強するプログラムがあり、卒業すれば「学士号」も取得できる。また、多くの州では、Community Collegeと呼ばれる日本の短期大学に相当するところでエンバーマーを養成している(※9)。現在、アメリカのすべての州で、エンバーマーになるためには資格が必要になっている。州によってその要件は異なるが、多くの州では少なくとも2年間、認定を受けた学校の準学士号が必要になっている(※10)。全米で3,800余名(自営業者除く)が葬儀社などでエンバーマーとして従事しており(2020年5月調べ)、給与は時間給平均24ドル強、年収5万ドル強である(※11)。アメリカにおける平均時給は24.98ドル、平均年収は51,960ドルなので(※12)、エンバーマーの時給と年収はちょうど平均的なものといえる。

1-5. 州によって異なるエンバーミングの法律

先に述べたように、アメリカでは半数以上の遺体にエンバーミングが施されているというデータがある。しかし、遺体には必ずエンバーミングをしなければならないと法律で強制されているわけではない。アメリカにおけるエンバーミングの法的位置づけが州によってどのくらい異なるのか、ここで確認してみよう。

  • 連邦取引委員会と各州は、葬儀社が利用者に対して「特別な事情がない限りエンバーミングは法律で強要されない」と伝えることを義務付けている(※13)。
  • カリフォルニア州では、一般運輸業者が死体を運ぶ場合(列車、トラック、船)には法律でエンバーミングが義務付けられている(※14)。
  • 米国疾病管理センターによると、エンバーミングには公衆衛生面で利点があるというわけではなく、むしろ、エンバーミングで使われる化学薬品が極めて有害なものであるとして、ハワイ州では指定感染症で死亡した場合はエンバーミングを禁じている(※15)。
  • アラバマ州では、遺体を州外に移動させる場合には、エンバーミングを施行しなければならない(※16)。
  • アラスカ州では、死亡後24時間経過すれば、エンバーミングか遺体を冷蔵しなければならない。もしくは、故人が伝染病に罹患していたか、別の州に移動させる場合には、エンバーミングをしなければならない(※17)。
  • コネティカット州では、故人が伝染病に罹患していれば、エンバーミングをしなければならない(※18)。
  • フロリダ州では、死亡後24時間経過すれば、エンバーミングか遺体を冷蔵しなければならない(※19)。

2. 宗教

このように、エンバーミング大国とも言えるアメリカだが、アメリカでもっとも信者の多いキリスト教には確かに、キリスト教には上述のように、最後の審判思想があるために土葬を行う傾向が強い。しかし、エンバーミングのルーツがキリスト教にあるわけではない。キリスト教では、カトリック教会もプロテスタントもエンバーミングを肯定も否定もせず、許容している。ヒンズー教と仏教もエンバーミングを許容しているが、主に火葬を行うので、エンバーミングの必要性は低い。しかし、エンバーミングを忌み嫌う宗教も存在する。ユダヤ教とイスラム教ではエンバーミングを神聖冒涜と考え、法律で強制されない限りは認めていない(※20)。

3. 環境問題

エンバーミング施術がされていないと、腐敗した体液が地面に染み込み、地下水に影響を及ぼして感染症が広がる可能性がある(※21)。したがって、エンバーミングは環境にもよいと言われることがある。ところが一方で、エンバーミング施術により、毎年80万ガロン(約300万リットル)ものホルムアルデヒドが地中に流れ込む(※22)。ホルムアルデヒドは人体に対する毒性が強く、シックハウス症候群の原因物質とも言われている(※23)。さらに、エンバーマーが白血病や脳ガンに罹患するリスクが高まるという研究もある(※24)。

4. エンバーミング普及のきっかけは南北戦争

エンバーミングは新しい技術のようなイメージがあるが、アメリカでエンバーミングが盛んになったのは19世紀半ばの南北戦争期のことである。それには大きく次の2つの理由があった。
(1)遠くの戦場で戦死した兵士の遺体を故郷に送り返すため
(2)遺体が病気を蔓延させるのを防ぐため(しかし、この考え方は後に非科学的だということが判明している)(※25)。

南北戦争の中心人物であるエイブラハム・リンカーン大統領もこの施術を受けた。

エイブラハム・リンカーン第16代アメリカ合衆国大統領は、1865年4月14日、首都ワシントンD.C.のフォード劇場で観劇中に狙撃され、翌15日に亡くなった。南北戦争を戦っている英雄リンカーンの暗殺はアメリカ中に衝撃を与えた。

4月19日に葬儀が行われた後、リンカーンの遺体は4月21日にワシントンD.C.を出発し、故郷イリノイ州スプリングフィールドまで列車で運ばれた。途中、メリーランド州ボルティモア、ペンシルヴァニア州ハリスバーグとフィラデルフィア、ニュージャージ州ジャージーシティ、ニューヨーク州ニューヨーク市、アルバニー、バッファロー、オハイオ州クリーブランドとコロンバス、インディアナ州インディアナポリス、イリノイ州シカゴなどを通りながら、最終目的地のスピリングフィールドには5月3日に到着した。

この約2週間にわたる移送のために、リンカーンの遺体にはエンバーミングが施されたのである。そのおかげで遺体はきれいに保存され、リンカーンの葬列は実に約1700マイル(約2700キロ)を移動しながら、オハイオ州やイリノイ州では各州議会議事堂にリンカーンの遺体が安置され、多くの人が彼に最後のお別れを言うことができた。また、何百万人もの人がリンカーンの葬列を見たり、停車した都市では葬列に参加したりすることができた(※26)。もしエンバーミングが施されていなかったならば、腐敗が進み、醜い姿となり、悪臭を放ち、これほど多くの人がリンカーンに別れを告げて見送ることはできなかっただろう。

5. 日本のエンバーミング

最後に日本のエンバーミングについて簡単に紹介しておこう。

日本におけるエンバーミングは1974年、川崎医科大学で導入されたのがはじまりだ(※27)。その後1995年の阪神淡路大震災の際には、火葬の順番待ちで長く遺体を保管する必要に迫られ、エンバーミングに注目が集まった(※28)。2000年には1万件、2015年には3万件を超え、2017年末時点では4万2,760件がエンバーミングの施術を受けた。2018年4月末時点でエンバーミング施設は日本国内57か所にあり、施術時間は3、4時間程度。遺体は最長50日間保全可能とされている。(※29)

一般の人がエンバーミングを現実的に検討しなければならないのは、近親者が国内外の出先で不幸な目にあったときだ。どちらの場合も、最近は葬儀社がノウハウをもっているので、十分対処してもらえる。

費用としては、国内で遺体空輸の場合はエンバーミングの費用(約15万円~25万円)(※13)に空輸経費一式(約15万円~35万円)で合計約30万円から約60万円程度必要となる。海外から遺体を空輸する場合はどうだろうか。たとえばアメリカから移送すると、エンバーミングを含めた一式で約85万円から約125万円程度かかる(※30)。また、日本国内で外国人が亡くなった場合も、遺体を本国へ送るためにエンバーミングが必要となる。英語で一連の流れを説明しているところもあり、日本語があまり得意でない人でも依頼しやすい(※31)。費用は、たとえば、東京からアメリカ本土へ遺体を空輸するのであれば、一式で約100万円以上の費用がかかるようだ。しかし、現在はCOVID-19の影響で海外搬送業務が非常に困難になっており、搬送国によってはエンバーミング施術と遺体の移送が不可能な業者もある。(※32)

※1 大切な人とお別れの準備を 葬儀のデスク「日本でも土葬はできるの?土葬の歴史や実際の行う時のポイントを解説」(外部リンク)

※2 一般社団法人 日本遺体衛生保全協会「エンバーミングとは」(外部リンク)

※3 ディーサポート「エンバーミング処置の流れ(工程)」(外部リンク)

※4 いい葬儀「エンバーミング(遺体衛生保全)とは?目的や費用などを紹介」2021.04.20(外部リンク)

※5 Maggie Jones, “FEATURE The Movement to Bring Death Closer,” The New York Time Magazine Dec. 21, 2020(外部リンク)

※6 National Center for Health Statistics, The Centers for Disease Control and Prevention, “Mortality in the United States, 2019,” NCHS Data Brief No. 395, December 2020(外部リンク)

※7 Funeral Consumers Alliance (FCA) Stanislaus & Merced Counties, “Embalming Facts What is embalming?”(外部リンク)

※8 丸山和昭、白旗希実子、橋本鉱市「『次世代専門職』のアクレディテーションと能力基準―米国のカイロプラクティック,家族療法,葬儀サービスを事例として―」『福島大学総合教育研究センター紀要』第15号(2013)[pdf](外部リンク)

※9 study.com "Embalming Schools and Colleges in the U.S."(外部リンク)

※10 MorticianSchool.net "Embalmer Career and Education Information"(外部リンク)

※11 U.S. Bureau of Labor Statistics, “Occupational Employment and Wages, May 2020 39-4011 Embalmers,”(外部リンク)

※12 アメリカ労働省統計局2019年12月統計、平均年収.JP, 「アメリカ(USA)の平均年収」(外部リンク)

※13 National Center for Health Statistics, The Centers for Disease Control and Prevention, “Mortality in the United States, 2019,” NCHS Data Brief No. 395, December 2020(外部リンク)

※14 National Center for Health Statistics, The Centers for Disease Control and Prevention, “Mortality in the United States, 2019,” NCHS Data Brief No. 395, December 2020(外部リンク)

※15 National Center for Health Statistics, The Centers for Disease Control and Prevention, “Mortality in the United States, 2019,” NCHS Data Brief No. 395, December 2020(外部リンク)

※16 Gabrielle Applebury, "Is Embalming Required? Laws and Scenarios," LOVEtoKNOW(外部リンク)

※17 Gabrielle Applebury, "Is Embalming Required? Laws and Scenarios," LOVEtoKNOW(外部リンク)

※18 Gabrielle Applebury, "Is Embalming Required? Laws and Scenarios," LOVEtoKNOW(外部リンク)

※19 Gabrielle Applebury, "Is Embalming Required? Laws and Scenarios," LOVEtoKNOW(外部リンク)

※20 everplans, "Religious Perspectives on Embalming,"(外部リンク)

※21 そうぞくドットコム「[2021] エンバーミングとは?費用・手順・効果・メリット&デメリット」2020年7月15日(外部リンク)

※22 TalkDeath, “History of Embalming and Facts,” May 29, 2017(外部リンク)

※23 HAGS, 「『ホルムアルデヒド』とは何か?|誰でもわかるリノベ用語集2019.03.23(外部リンク)

※24 Funeral Consumers Alliance (FCA) Stanislaus & Merced Counties, “Embalming Facts What is embalming?”(外部リンク)

※25 TalkDeath, “History of Embalming and Facts,” May 29, 2017(外部リンク)

※26 リンカーンの旅の葬儀」02 Jan, 2018(外部リンク)
アダム・グッドハート「リンカーン最期の旅」『ナショナルジオグラフィック日本版』2015年4月号(外部リンク)

※27 家族のお葬式 お葬式コラム「エンバーミングとは? 選ばれる理由をお教えします!」(外部リンク)

※28 そうぞくドットコム「[2021] エンバーミングとは?費用・手順・効果・メリット&デメリット」2020年7月15日(外部リンク)

※29 いい葬儀「エンバーミング(遺体衛生保全)とは?目的や費用などを紹介」2021.04.20(外部リンク)

※30 安心葬儀「海外からの遺体搬送の費用」(外部リンク)
いい葬儀「ご遺体の空輸について」2021.04.20(外部リンク)

※31 GINGA・STAGE, “We support the transportation to the home country of those who died in Japan.”(外部リンク)

※32 葬儀のひまわり「3,海外・国外への搬送(輸出)のご案内」(外部リンク)

Text by:杉田米行
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