加齢と老化、親の介護や自分の老後。家族のかたちが多様化し、寿命が伸び続ける中で、一人暮らしなので老後が不安という人も多いですし、結婚していて配偶者がいたとしても必ずどちらかが先立っていきます。たとえ子どもがいたとしても安心ということはなく、親子関係やその時の状況によって変わります。自分で自分を介護して最期を看取ることは誰にもできません。誰もが家族や親族、友人、病院や介護関係者、第三者など必ず誰かの手を借りながら、老いて死に向かっていくことになります。
自分、家族、親戚…。今はみな元気で自分で考えて判断しさまざまなことを決めることができたとしても、今後いつ認知症などになって判断できなくなる日がくるかしれません。老後が不安、頼れる親族が近くにいない、子どもや家族、周りの人になるべく手間をかけさせたくない、自分の老後について自分で道筋をつけておきたい……。そのように考える人はぜひ知っておきたいのが「任意後見制度」です。終活の一環として、元気なうちに考えておきたい「任意後見制度」をご紹介します。
1. 成年後見制度とは
「成年後見制度」(せいねんこうけんせいど)という国の制度があります。認知症、知的障害、精神障害など判断能力が衰えた人を助けるために定められた制度です。介護保険制度とともに2000年度から導入されました。「任意後見制度」はこの「成年後見制度」の1つで、もう1つには「法定後見制度」というものがあります。
「法定後見制度」(ほうていこうけんせいど)
すでに判断能力が不十分な人に代わって、法律行為をしたり、被害にあった契約を取消したりする制度です。
「任意後見制度」(にんいこうけんせいど)
本人の判断能力が衰える前に、本人が信頼できる人を将来の支援者(任意後見人)として、支援の内容を決めて契約をしておく制度です。本人が元気なときに将来に備えるので、それぞれの人のおかれた状況や希望によって内容は異なります。実際に後見人による後見がスタートするのは先々の話になります。
「法定後見」と「任意後見」の最も大きな違いは、「任意後見」のほうは本人が元気なうちに、財産の管理や介護について自分の意志で誰に何をお願いするのか決めておけるということです。
2. 任意後見制度でできること・できないこと
任意後見制度は、将来のことが心配なので不安を少しでも軽くしたい、頼れる親族がいない、または近くにいない、家族や親族にできるだけ迷惑をかけたくない、認知症になる前に将来のことを考えておきたい、といった人が利用するのに向いています。各種契約や財産管理などの事務の内容とそれを任せる相手(=任意後見人)をあらかじめ契約(=任意後見契約)で定めておけるからです。
任意後見人に依頼できることの例
具体的には次のようなことを任意後見人に依頼することができます。
- 入院の手続きや、本人の財産から入院費の支払い手続き
- 住民票の写しなど行政機関の発行する証明書の請求や受け取り
- 介護サービスの利用契約や本人の財産からの支払い手続き、介護施設に入居する際の手続きや支払い手続き
- 要介護認定の申請や認定に対する承認、審査請求等
- 保険契約や解約、保険金の受け取り
任意後見人に依頼できないこと
次のような場合には任意後見契約では対応できないので、他の契約を組み合わせる必要があります。
- 本人の判断能力が衰えてしまった後では、任意後見契約を結ぶことができない(その場合は法定後見制度を利用することになる)。
- 任意後見契約では本人の「死後」の事務や財産管理を委任することはできない。死後の事務や財産管理を委任する場合には、別に「死後事務委任契約」を結んだり、遺言書を作成したりする必要がある。
- 任意後見人には、「取消権」がない(取消権とは、本人が判断能力を持っていないのに、不利な契約をしてしまった場合にその契約を取り消すことができる権利のこと)。そのため、任意後見人が知らない間に、本人が訪問販売や騙されて契約をしてしまったなど、不利な契約をしてしまっても任意後見人はその契約を取り消すことはできない。
- 任意後見は判断能力が十分な間は、後見が始まらないので、「判断能力が衰える前から財産管理を任せたい」というような場合は、任意後見契約と組み合わせて「財産管理委任契約」(財産を管理することを委託する契約)を結ぶ必要がある。
任意後見制度のポイントまとめ
- 「任意後見制度」とは、まだ元気なうちに判断能力が衰えた時のために、あらかじめ支援してくれる人と契約しておく制度です。
- 支援が必要な人を「本人」、支援する人を「任意後見人」といいます。
- 任意後見だけで足りない場合は、見守り契約や財産管理委任契約、死後事務委任契約なども併せて利用するようにします。
3. 任意後見制度の利用の流れと手順
具体的に任意後見制度の利用方法と手順をみていきましょう。
任意後見契約の流れ
3-1. 任意後見人を決め、任意後見契約を結ぶ
後見人を決める
まずは任意後見人=支援してくれる人を決めます。十分検討し信頼できる人にお願いしましょう。一般的に任意後見人は家族や親族がなることが多いですが、弁護士、司法書士、社会福祉士など第三者や法人もなることができます。複数の人でも可です。未成年者や破産者、本人に対して訴訟をした人やその配偶者、直系血族などは任意後見人になれません。
任意後見契約をもし解除したい場合は、本人に判断能力がある場合に限り公証役場の認証を受ければ、契約を解除することができます。
後見人への報酬
任意後見人に報酬を支払うかどうかは、本人と任意後見人が話し合いで自由に決めます。例えば報酬を毎月○万円とすることもできますし、支払い方法は月払いにも、半年払いにもできます。一般的には、任意後見人を第三者に依頼した場合、報酬は月額1万円~2万円程度が目安ですが、親族などが引き受けた場合には無報酬の場合が多いようです。報酬は実際に支援が始まってから発生します。
後述しますがこれとは別に「任意後見監督人」への報酬が必要になります。
公正証書を作成し、契約を結ぶ
任意後見人になる人が決まったら、公証役場(こうしょうやくば)で公正証書(公証役場で公文書として作成した契約証書のこと)を作成し、任意後見契約を結びます。任意後見契約は、公正証書を利用しなければならないと法律で決められています。公正証書を作成するときは、本人と任意後見人になる人が公証役場へ出向いた上で、本人確認の上、契約の各手続を行います。
公正証書をつくる際には、発行後3か月以内の以下の書類が必要です。
本人:印鑑登録証明書、戸籍謄本、住民票
任意後見人:印鑑登録証明書、住民票
3-2. 任意後見契約内容が登記される
任意後見契約を結ぶと公正証書を作成した公証人がその契約内容を法務局に登記します。登記された内容は、法務局で取得できる「後見登記事項証明書」(こうけんとうきじこうしょうめいしょ)に記載されます。
この「後見登記事項証明書」には、任意後見人の氏名や代理権の範囲が記載されているので、任意後見人は自分の代理権を証明することができ、またさまざまな手続きの取引相手も任意後見人が本人の代理人であると信用して取引を行うことができるようになります。
この任意後見契約が登記されることによって、任意後見人の地位と契約内容を公的に証明することができるのも、任意後見制度の大きなメリットです。
任意後見契約を結ぶときにかかる費用
公正役場の手数料 |
11,000円 |
法務局に納める印紙代 |
2,600円 |
法務局への登記嘱託料 |
1,400円 |
郵送費 |
約540円 |
正本・謄本の作成手数料 |
1枚250円×枚数 |
3-3. 家庭裁判所への任意後見監督人の選任申立て
任意後見契約を結んだ以降で、「必要最低限の日常生活には支障はなく、不動産の処分や管理、金銭の貸し借りなどもできなくはない状態だがそれらも誰かに代理でやってもらった方が本人にとってよいのではないか」という状態まで判断能力の低下がみられたら、本人・配偶者・4親等内の親族・任意後見受任者が本人の住所地の家庭裁判所へ「任意後見監督人」の選任申立てを行います。
ところで「任意後見監督人」とは、「任意後見人」の仕事をチェックする人のことで判断能力が不十分な本人に代わって裁判所が選任します。任意後見監督人には、弁護士、司法書士、社会福祉士、税理士等の専門職や法律、福祉に関わる法人などがなります。
任意後見監督人を選ぶのは家庭裁判所ですが、本人は任意後見監督人の候補者を指定することはできます。任意後見監督人選任の申し立てをした時点で、本人の判断能力は不十分な状況にあるということになりますが、候補者についての本人の希望を任意後見契約締結時にあらかじめ公正証書にしておけば、本人の希望にそって選任手続きが進む場合が多いようです。ただし、「本人の意見」として考慮されるだけで家庭裁判所はこれに拘束されません。つまり、必ずしも本人が希望する人が任意後見監督人になれるかどうかは確実には分からないということです。
任意後見監督人が任意後見人の業務を監督することによって、本人の支援が適切に行われているかを確認することができるのも、任意後見制度のメリットです。任意後見監督人の選任申立てを行うことによって任意後見の支援が始まりますが、任意後見監督人の選任申立てには以下のものが必要です。
任意後見監督人の選任申立に必要なもの
- 任意後見監督人選任申立書
- 本人の戸籍謄本(全部事項証明書)
- 任意後見契約公正証書の写し
- 本人の任意後見に関する登記事項証明書
- 本人の診断書(主治医が作成したもの、主に判断能力についての診断)
- 本人の財産に関する資料(不動産登記事項証明書や通帳のコピー、残高証明書など)
- 任意後見監督人の候補者がいる場合にはその住民票または戸籍附票
- 任意後見監督人の候補者が法人の場合には,当該法人の商業登記簿謄本
※東京家庭裁判所の場合、申立てに必要な書類は申立セット一式としてダウンロード可。裁判所により異なる場合がありますので、詳細は申立先裁判所でご確認下さい。
任意後見監督人の選任申立て時にかかる費用
- 申立手数料(収入印紙800円分)
- 登記手数料(収入印紙1400円分)
- 連絡用の郵便切手(申立てする家庭裁判所へ確認)
- 精神鑑定が必要な場合は鑑定費用約5万円
任意後見監督人の申し立てができない場合など
ところで本人の判断能力が衰えているにもかかわらず、任意後見人になる相手が家庭裁判所に任意後見監督人の申し立てをしない、などといった場合にもとくに罰則規定のようなものはありません。
もし任意後見人になる人が病気になってしまったり、任意後見人として活動できない状況になってしまい、任意後見契約の内容をスムーズに実行できないという場合は法定後見制度を利用します。任意後見契約の準備をしていても、実行が難しいようであれば状況によって法定後見制度に切り替えて、本人または配偶者、四親等以内の親族、市町村長や検察官が家庭裁判所に法定後見制度の利用を申し立てるということになります。
3-4. 支援(後見)開始
家庭裁判所から任意後見監督人が選任されたら、任意後見監督人の監督のもと、本人に対する任意後見人の支援が始まります。
任意後見監督人への報酬
任意後見監督人の報酬は後払い方式です。任意後見監督人の報酬は家庭裁判所が決定し、支援が始まってから1年を経過した時点で報酬付与の申立ができます。実際は本人が亡くなった後にまとめて申立てを行う方が多くなっています。報酬は業務内容と本人の資産内容に応じて本人の財産から支払われることになり、一般的には月額1~2万が目安です。
4. 任意後見契約と合わせて利用される契約
任意後見制度は本人の判断能力が衰える前に結び、判断能力が衰えてからはじめて後見人による後見が開始する契約です。もし「判断能力が衰える前から財産管理を任せたい」というような場合は、財産を管理することを委託する「財産管理委任契約」を結ぶ必要があります。
また、任意後見契約は本人の死亡によって終了する契約なので、死後の事務や財産管理を頼みたい場合には、遺言書の作成や「死後事務委任契約」も組み合わせて利用する必要があります。
4-1. 見守り契約
具体的な支援はしませんが、支援する人が定期的な訪問や連絡、本人の様子を継続して見守り信頼関係を継続しながら、本人の状況を確認していきます。適切な時期に任意後見監督人選任申立ての手続きをするタイミングを計ります。
法律上は任意後見受任者に申立ての義務はないので、見守り契約を締結する際には、本人の精神状態が低下したら家庭裁判所への申立てを義務付ける条項を入れておくといいでしょう。
4-2. 財産管理委任契約(生前事務委任契約)
判断能力が衰える前から財産管理を頼みたい、という時に結ぶ契約です。金融機関とのやり取りや不動産管理などを行います。必ずしも公正証書にする必要はありませんが、任意後見契約と併せて公正証書で作成する方がいいでしょう。
4-3. 死後事務委任契約
任意後見契約は本人の死亡によって終了してしまう契約になります。亡くなった後のことをしてもらうには、「死後事務委任契約」を結びます。この死後事務委任契約も本人の判断能力があるうちに亡くなった後のことを任せたい相手と公正証書の契約書として作成し結びます。その契約書に任せる業務の内容や報酬について記載します。具体的な業務内容として以下のようなものがあります。
- 電気やガス、水道などの解約手続き
- 役所への届出
- 病院に入院していた場合や介護施設に入所していた場合の費用の清算
- 賃貸住宅の場合の家賃・地代・管理費・敷金・保証金等の支払い
- 通夜・葬儀・火葬・納骨のこと
取材協力
参考
児島明日美・村山澄江『今日から成年後見人になりました』自由国民社 2013年