戒名とは、仏教の出家者に授けられる名前のことですが、現代では多くの人が死者に対して葬儀の時に授けられる名前として捉えています。
お寺様からいただいた戒名は、その後も位牌や墓石に刻まれ、以降遺された家族はその名前に対して手を合わせます。しかし最近では、宗教観の多様化や、戒名料への不信感などから、戒名は要らないという声も聞こえてきます。
亡き人にとって、そして私たちにとって、戒名にはどんな意味があるのでしょうか。この記事では、普段触れることの少ないであろう戒名について、戒名の意味や構造、宗派による違い、戒名料など、可能な限り分かりやすく解説して参ります。
1. 戒名の意味と用途
1-1. 戒名は仏弟子になったものに授けられる名前
仏教では、戒律(仏教僧が守るべき規則や規律)を授かったものを出家者として認められており、その時に与えられる仏弟子としての名前が戒名です。
日本では死後に成仏するという思想があるために、葬儀の時に戒名を授ける慣習が広がりました。新しい名前に付け替えるということは、故人が新たな世界においてその名前でくらすことを意味します。
1-2. 戒名は位牌や墓石に刻む
葬儀の時は、故人の戒名は白木の位牌に直接書かれます(あるいは戒名の書かれた紙を位牌に貼り付けます)。
葬儀を終えた後も、家族の死者への弔いはもちろん続きます。葬儀で用意された位牌はあくまでも仮の位牌で、四十九日法要までには本位牌を用意します。そして遺骨はお墓の中に埋葬されますが、位牌や墓石にはそれぞれ戒名を刻みます。
戒名は、位牌では札板の表面に、墓石の場合は竿石の側面や「墓誌」と呼ばれる板石に彫刻されます。
2. 戒名の構成
2-1. 院号・道号・戒名・位号
戒名とは、本来2字で表されるものですが、最近では、「院号」「道号」「戒名」「位号」をすべて含めたものをまとめて「戒名」と呼んでます。戒名はどのように構成されているのか、女優の故夏目雅子さんの戒名を例にとってご紹介いたします。夏目雅子さんの戒名は「芳蓮院妙優日雅大姉」です。
院号
院号は「〇〇院」と表現される部分です。夏目雅子さんの場合は「芳蓮院」がこれにあたります。
「院」とはそもそもそも高い垣に囲まれた大きな建物のことを指したようです。寺院、病院、学院、養老院などという呼び名を連想すれば理解しやすいかと思います。
院号が授けられるということは、寺院がひとつ建つほどにそのお寺に貢献したことを意味するのです。ですから院号はすべての人につけられるものではありません。また、その功績をさらに讃える場合は「院殿」号が授けられます。
道号
道号は戒名の上に付けられる2字のことです。夏目雅子さんの場合は「妙優」がこれにあたります。
道号は、戒名の調和を考えて付けられます。その人の人柄や生きてきた功績、趣味や特技などを表す言葉が用いられます。夏目雅子さんの場合、すばらしい美しさを表す「妙」と、優しい人柄だったそうで「優」の2字は、まさに夏目さんの人柄や功績を表していると言えます。
戒名
戒名とは、仏弟子となった際に導師から授かる名前のことで、本来は2字で表されます。夏目雅子さんの場合は「日雅」がこれにあたります。
戒名には生前の名前の1字が使われるのが慣例で、夏目雅子さんの「雅」の文字が使われています。
位号
いわゆる戒名の「ランク付け」と言われているのがこの位号の部分です。夏目雅子さんの場合は「大姉」です。
仏の世界ではあらゆる者が平等であるべきなのですが(そのため本来の戒名は2文字)、年齢、性別、信仰心の篤さや、お寺への貢献度、社会的地位などによって位号が決められます。
以下、代表的な位号をまとめました。
男性 |
女性 |
|
居士 |
大姉 |
成人以上の男女で、信仰心が篤い人、寺院の発展に貢献した人、社会に対して大きな影響を与えた人などに授けられます。さらにその称号を強調する場合「大居士」「清大姉」が授けられます。 |
禅定門 |
禅定尼 |
成人以上の男女で、居士・大姉号につぐ格式があると言われているが、この位号は授けない寺院が比較的多い。 |
信士 |
信女 |
成人以上の男女で、仏教徒であればどんな人にでも授けられる一般的な位号。 |
善士 |
善女 |
成人以上の男性で、信士・信女と同じ格式の位号として用いられる。 |
童子 |
童女 |
16才以下(現在で言うところの小中学生)に授けられる位号。院号や道号は付けられない。 |
幼子 |
幼女 |
幼児や小学生に授けられる位号。院号や道号は付けられない。 |
孩士 |
孩女 |
2〜3歳くらいまでの乳幼児に授けられる位号。院号や道号は用いられない。 |
嬰子 |
嬰女 |
1歳くらいまでの乳児や水子に授けられる位号。院号や道号は用いられない。 |
2-2. 梵字・冠字・上文字・置字
戒名は、「道号」「戒名」「位号」の3つ、ないしは「院号」も付け加えた4つで構成されるのが基本ですが、それ以外にも宗派などによっては、梵字、冠字、上文字や置字が添えられます。
梵字
梵字とは、南アジアや東南アジアなどで用いられていた古代語であるサンスクリット語で用いられる文字のことであり、それ1字で仏様を示し、その家の本尊を表しています。
日本の戒名とともに用いられるのは、大日如来の「ア」、阿弥陀如来の「キリーク」、地蔵菩薩の「カ」などがあります。
冠字
冠字は戒名の上に来る文字です。宗派によってその思想や教義を端的に表します。代表的なものに、曹洞宗の「空」、日蓮宗の「妙法」などがあります。
上文字
上文字は「新帰元」「新円寂」などがあり、「新たに亡くなった」という意味です。これは主に禅宗(曹洞宗や臨済宗)で用いられ、四十九日までの仮位牌で書かれます。
置字
置字とは、戒名の後ろに付けられる文字のことです。主に「霊位」や「位」などがあります。死者に対する「様」や「殿」などの尊称と思えばよいでしょう。
3. 戒名と戒名料
戒名と戒名料は厳密には分けて考えなければならない問題です。「戒名なんて要らない」という多くの人の声の奥から聞こえてくるのは、「どうして戒名に数十万円のお金を支払わなければならないのか」という料金に対しての不信感であり、戒名そのものが不要だとしている人はそう多くないように思えます。
戒名料には一定の相場がありますが、そもそも檀家と菩提寺という人間関係が築けているならば、相場よりもその関係性が優先されるでしょう。たとえば、金銭的に貧しいがずっとお寺の奉仕作業をしてくれていた人に対して、戒名料をもらわずに居士号を授けたという例もありますし、仏弟子になるのにどうしてお金をもらわなければならないのかと戒名料を不要とする寺院も実際にあります。また一方で、多額の金銭を包んで格式の高い戒名を求める人がいるのも事実です。
戒名料には一定の相場があるのは事実で、下の表にまとめておきますが、何よりも大切なのはお寺と直接話をしてみることです。戒名料は定額ではなく、お寺と亡き人との関わり合いによって決まるべきものなのです。
位号 |
金額 |
信士・信女 |
20万円〜40万円 |
禅定門・禅定尼 |
30万円〜50万円 |
居士・大姉 |
40万円〜60万円 |
院信士・院信女 |
70万円〜100万円 |
院居士・院大姉 |
100万円以上 |
4. 戒名の授かり方
戒名はどのような時に授かるのでしょうか?タイミングは主に次の3つに分けられるでしょう。
4-1. 葬儀の時に授かる
昨今では、葬儀の時に授かるのが一般的です。菩提寺がある場合は、身内に不幸が起きたことを菩提寺に連絡して、故人様の人柄や生前の功績などにふさわしい戒名をつけてもらいます。
もしも菩提寺がなく、葬儀社に寺院を紹介してもらう場合は、故人様の生涯、人柄、性格、遺族の希望などを伝えて寺院に戒名を授けてもらいます。
通常は、通夜の開式前に喪主や遺族に戒名が伝えられますが、引導と授戒が行われる葬儀告別式の時もあります。
4-2. 生前戒名を授かる
戒名とは、本来は死者に名付けるものではなく生前に授かるものですから、生前戒名こそが戒名のあるべき姿と言えるでしょう。
生前戒名は菩提寺に依頼して授けてもらいます。本山寺院まで出向いて、定められた儀式を修めることで生前戒名が授与されるものもあります。代表的なものに、浄土宗の「五重相伝」、浄土真宗の「帰敬式」、臨済宗や曹洞宗の「授戒会」があります。
4-3. 葬儀後に授けてもらうことも
何らかの事情で、戒名を授からずに葬儀を終えてしまうケースもあれば、また中には、菩提寺とは別の寺院に戒名を授かってしまうこともあり、こうしたケースでは戒名をつけ直さなければなりません。
戒名は葬儀のあとでも授けてもらえるので、まずはお寺に相談してみましょう。
5. 戒名に関するトラブルとその回避
「戒名」と聞くと、ネガティブなイメージを持つ人も多いのではないでしょうか。戒名をめぐってどんなトラブルがあるのか、そしてどのような点に気をつければよいのかをまとめました。
5-1. 戒名料が高い
戒名を授けてもらうにあたり、戒名料を包まなければならないのですが、自分たちの予算と戒名料が合わないことがあります。また、戒名には相場があってないようなところもあるため、寺院によっては相場よりもはるかに高い金額を言われることもあります。
こうした予算に合わない戒名料を、いざ葬儀の時に知ってしまうと、どのように対処すればよいのか、正しい判断ができません。トラブル防止のためには、できれば事前に戒名の相場がどれくらいなのかを調べること、わが家の菩提寺の場合は戒名料がいくらなのかを聞いておくのがよいでしょう。費用の工面が難しいのであれば、予め寺院に相談しておくと対処のしようもあります。
また、元気なうちに生前戒名を授かっておけば、いざという時に残された家族に余計な負担をかけなくて済みます。
5-2. 菩提寺でないお寺に戒名を授かった
戒名とは、仏弟子となる時に授かる名前なので、生前であれ、死後であれ、菩提寺から授かるのが本義です。
しかし最近では、檀家と菩提寺という関係性が薄れ、そのことを知らない人が多くいます。葬儀社に寺院を紹介してもらって葬儀を執り行うケースが増えていますが、葬儀を終えて菩提寺にある先祖の墓に納骨しようとした時に、他の寺院で戒名を授かってしまったがために納骨を拒まれ、戒名のつけ直しをせざるを得なくなるというトラブルが多発しています。
このようなトラブルを防止するには、まずは自分の家に菩提寺があるかどうかを知っておきましょう。また、納骨すべき墓が寺院の境内にあるのかどうかも、事前の確認が必要です。
5-3. 戒名なしで位牌は作れる?
戒名を授からなくとも葬儀はできますし、戒名がなくても位牌は俗名で作ることもできます。
しかし、もしもその位牌に対して僧侶の読経を希望するのであれば、戒名を授からなければならないのが一般的でしょう。俗名、つまり生前の名前で作られた位牌に読経をしてもらえるかどうかは、寺院に直接相談してみましょう。
6. 宗派別による戒名の違い
宗派によって、戒名にはどのような特徴があるのでしょうか。詳しい人が見ると、位牌に彫られた戒名を見るだけでその家の宗派が特定できるほどです。それぞれの宗派別に、詳しく解説して行きます。
6-1. 天台宗
◯◯院◇◇△△居士(大姉)
天台宗はオーソドックスな形の戒名だと言えます。(「院号」)「道号」「戒名」「位号」の組み合わせが基本形です。
6-2. 真言宗
ア◯◯院◇◇△△居士(大姉)
真言宗は、戒名の上に梵字の「ア」が付きます。「ア」は、真言宗の本尊である大日如来で、故人が大日如来の弟子であることを表します。
6-3. 浄土宗
◯◯院◇誉△△居士(大姉)【知恩院派】
◯◯院◇空△△居士(大姉)【西山派】
浄土宗では、道号に「誉」の一字を入れ、これを誉号と呼びます。浄土宗第七祖の了誉上人が始めた「五重相伝」(浄土宗で最も重要な法要で、浄土宗の神髄が教えられる)があり、これを修了した者が誉号と戒名を授けられます。その他、浄土宗の諸派である西山派では「空号」が授けられます。
6-4. 浄土真宗
◯◯院釋△△ (男性)
◯◯院釋尼△△(女性)
浄土真宗では仏弟子としての名前を「法名」とし、戒名ではありません。これは、「戒を守り抜くことのできない凡夫たるすべての人は、阿弥陀如来の誓願によってのみ救われる」という教義に基づくため、仏教徒になるために守るべき戒律、および授戒がないからです。
また、本山や菩提寺の護持に貢献した人には院号も授けられます。
6-5. 臨済宗・曹洞宗
◯◯院◇◇△△居士(大姉)
臨済宗や曹洞宗は「禅宗」と括られる宗派です。戒名はオーソドックスな形がとられています。(「院号」)「道号」「戒名」「位号」の組み合わせが基本形です。
寺院や地域によっては冠字が付きます。「空」の一字、あるいは「◯」(「円相」と呼ばれます)を刻みます。
6-6. 日蓮宗・法華系
(妙法)◯◯院◇◇日△居士(大姉)
日蓮宗や法華系の宗派では戒名を「法号」と呼び、「院号」「道号」「日号」「位号」で構成されます。日号には、日蓮上人の仏法を引き継ぐという意味から、「日」の一字が用いられます。夏目雅子さんの場合、戒名部分が「日雅」という日号であることから、日蓮宗、あるいは法華系の宗旨として法号が授けられていることが分かります。
またその他の特徴として、冠字に「妙法」が用いられていること、そして道号に男性の場合は「法」、女性の場合は「妙」が用いられます。
7. 位牌の戒名の入れ方
位牌への戒名の入れ方は以下の記事をご参照ください。
まとめ
戒名は、仏弟子となった出家者に授けられるものが転じて、日本では死者に授けられる名前となりました。戒名文化の普及には、私たち遺された家族の、死者の安寧への祈りが込められています。せめてあの世では仏様に守られてきちんと成仏してほしいという願いに応えるものが戒名なのではないでしょうか。
しかし最近では死生観や宗教観は大きく変化しています。戒名がいるかいらないか、この記事をきっかけにじっくり考えてみてはいかがでしょうか。