あなたは自分の家の宗派をご存知ですか?普段の生活では、自分の家の宗派をあまり気にかけることはありませんが、葬儀や法事は、それぞれの宗派の作法に則って執り行います。宗派が分からないと困るシーンとして特に多いのが、葬儀の時にお坊さんを紹介してもらう時です。これまでお寺との付き合いがなかった家が、どこかのお寺のお坊さんに来てもらって読経してほしい。そうなると、葬儀社などの業者に僧侶派遣を依頼するわけですが、どの宗派にするかは家族が決めなければなりません。本記事では、宗派が分からない時の調べ方や決め方についてご紹介します。各宗派の特徴や違いについても解説しますので、どうぞ最後まで読み進めてみてください。
宗派がない、分からない!葬儀で困った時の対処法―調べ方や決め方、各宗派の特徴
1. 葬儀の時になぜ宗派が必要なのか
仏教で葬儀を執り行う場合、事前相談や打ち合わせの時に、必ず葬儀社から家の宗派について確認されます。一体、どうして「宗派」が必要となるのでしょうか?
仏教で葬儀を行う割合は全体の7割強に及びます(※1)。普段、お寺との付き合いがない家でも、葬儀の時にはどこかのお坊さんに読経をしてもらう可能性が高いです。特定の信仰をもっていなくても、いざ大切な家族を亡くした時には、供養の専門家である僧侶を招いて葬儀をしなければ、という心理が働くのでしょう。
付き合いのあるお寺がない場合は、葬儀社がお寺を紹介してくれますが、その時葬儀社は「どの宗派にしますか?」と喪主に確認してきます。
日本の仏教は、さまざまな宗派に分かれています。宗教団体法では、13の宗派と56の分派を伝統的な宗教教団として定めていて(十三宗五十六派)、ほぼすべての僧侶がどこかの宗派に属しています。「仏教であれば宗派なんてどこでもいいじゃないか」という声もちらほら聞かれます。しかし宗派によって祭壇や葬具、儀礼の進め方が違いもあるため、宗派の選定だけは葬儀社が勝手にするというわけにはいきません。ですから葬儀社は、はじめに宗派を知っておかないと葬儀の準備も進められないので、はじめに家族に宗派を尋ねるのです。
2. 自分の家の宗派の調べ方
それでは、家の宗派が分からない時の調べ方について詳しく見ていきましょう。宗派の調べ方は以下のように主に4つあります。
2-1. お寺に聞く
もっともシンプルなのはお寺に聞くことです。もし菩提寺(※)がある場合は、そのお寺の僧侶を招いて葬儀を執り行います。菩提寺と檀家の関係は、世代を超えて長く続いていることが常です。そのため、そもそも葬儀社にお寺を紹介してもらう必要はありません。菩提寺は〇〇寺だけど宗派なんだったかな?というときは、菩提寺に聞けばすぐに教えてもらえます。
ただし、菩提寺があるものの遠方で葬儀に来てもらうのが難しい場合は、菩提寺に宗派を確認した上で同じ宗派のお寺を、葬儀社を通して探すこともあります。
※菩提寺:その家の先祖代々の供養を取り仕切るお寺のこと。これに対して菩提寺とつながっている家のことを檀家と呼びます。
2-2. 親戚に尋ねる
自分の家は直接お寺との付き合いがなくても、お寺と付き合いがある親戚がいることもあります。その場合は親戚に尋ねてみましょう。
例えば、長男は菩提寺と付き合いがあるが、次男はお寺と付き合いがない。その次男が亡くなった場合です。次男の葬儀を「長男の家と同じ宗派で執り行おう」と考える人は少なくありません。このような時は、長男や長男家族に宗派を尋ねて確認するようにします。
2-3. 仏壇を確認する
仏壇があるなら、仏壇の形や中の仏具を見れば宗派を判別できます。仏壇から宗派を判断するポイントは次の3つです。
本尊
本尊とは仏壇の最上段に祀られる仏様のことです。本尊は宗派別に異なります。真言宗だと大日如来、浄土宗や浄土真宗なら阿弥陀如来、日蓮宗なら法華曼荼羅といった具合です。詳しくは「4. 各宗派の特徴」で解説します。
位牌
位牌の文字にも、宗派による特徴があります。例えば真言宗なら梵字の「ア」、浄土宗なら梵字の「キリーク」、日蓮宗なら「妙法」や「日」の文字が入ります。こちらについても「4. 各宗派の特徴」で解説します。
仏壇
仏壇本体を見ることで宗派をある程度特定できます。よく言われるのは、浄土真宗は金仏壇で、それ以外の宗派は唐木仏壇が多いということです。浄土真宗の金仏壇には、極楽浄土を表現するため金色で装飾されている(金仏壇)ことと、位牌を祀らないために位牌段がない、という特徴があります。
ただ、他の宗派の金仏壇もありますし、浄土真宗だが金仏壇ではなく、唐木仏壇や家具調仏壇で祀っている家もたくさんあります。仏壇だけではなく、中の本尊や位牌、仏具も見なければはっきりと宗派を判別することは難しいでしょう。
2-4. お墓を確認する
お墓で宗派を確認するには、仏石の正面文字と、墓石に彫刻されている戒名を見ます。
正面文字には「◯◯家之墓」のように、家名が彫刻されていることが多いのですが、浄土宗や浄土真宗の「南無阿弥陀仏」や「倶会一処」、真言宗の「南無大師遍照金剛」、日蓮宗の「南無妙法蓮華経」、禅宗の「南無釈迦牟尼仏」などの文字から宗派を絞り込むことができます。また、戒名文字の特徴は上記の「2-3. 仏壇を確認する 位牌」と同様になります。
3. それでも宗派が分からない時の宗派の決め方
さて、ここまで宗派の調べ方についていくつかの方法をまとめてきましたが、それでも宗派が分からない人、宗教・宗派がない人はどうすればいいのでしょうか。
そもそもお寺との付き合いがない。家に仏壇やお墓がない。こうした人たちは、「自分たちで宗派を決めなければならない」というプレッシャーを感じがちですが、逆を言えば「自分たちで宗派を決めることができるぞ!」と、菩提寺とのつながりに縛られない自由が与えられていることにもなります。その宗派のお坊さんに大切な家族の供養を任せるわけですから、納得のいく宗派選びを行いたいものです。実際の現場ではどのように宗派を決めていくのか、解説します。
3-1. 葬儀社や紹介業者に任せる
お葬式にお坊さんに来てほしいけど、どの宗派のお坊さんに来てもらえばいいのか分からない。「どんな宗派でも構わないので、誠実なお坊さんをお願いいたします」という声は葬儀の打ち合わせで喪主からよく聞かれる言葉です。
葬儀社側は、自社でそれぞれの宗派の何人かの僧侶とつながりを持っています。また、業界内には葬儀社と僧侶をつなぐ仲介人や仲介業者も存在します。こうしたネットワークを利用して、喪主と相性の良さそうな、そして長い付き合いの中で信頼できる僧侶を手配するのです。もっとも多いのが葬儀社や業者に決めてもらう、というものです。葬儀社がお寺と家族をマッチングするのです。
3-2. 自身にもっとも合う宗派を選ぶ
インターネットが普及した昨今、僧侶とのマッチングサービスのサイトをたくさん見かけます。葬儀社を介さずに僧侶にコンタクトをとることができる時代になったのです。ですから自分でお寺に問い合わせをして、葬儀や法事を依頼することも可能なのです。
「家の近くのお寺だから」「ネット検索でヒットしたから」―こうした理由でお寺を選んでも構いませんが、もしも宗派にこだわるのであれば事前に勉強して、宗派によって何が違うのかということは、把握しておきましょう。「4. 各宗派の特徴」も参考にしてください。
3-3. 宗派よりも人柄を優先させる
江戸時代に始まった檀家制度は、今でも根強く残っている部分はありますが、すでに世代を超えて同じお寺にお願いしなくても構わない、「家」ではなく「個」の時代だと言われています。「家」から「個」の流れは、お寺側にも同じことが言えます。つまり、「お寺」から「お坊さん」の時代です。
「宗派からお寺を選ぶのではなく、お坊さんからお寺を選んでみる」―宗派による教えよりもまず、「このお坊さんがいいな」と思える人と出会えることも大切です。葬儀や法事において、お互いに信頼関係が築けているお坊さんに供養してもらう方が、はるかにありがたみが増すでしょう。そのためには元気なうちからお坊さんに対してアンテナを張って、関係を築いていなければなりません。最近ではブログやSNS、YouTubeなど、情報発信を盛んに行っているお坊さんはたくさんいますし、各寺院で催されているイベントに参加してみるのもよいでしょう。
3-4. 無宗教の葬儀にする
お墓や仏壇がない。宗派が分からない。お寺との付き合いがない。こうした方々は無理に宗派を決めることなく、無宗教で葬儀をするという選択肢もあります。先述のように、日本人の7割近くが仏式で葬儀を行っているとされていますが、だからといって、必ずどこかのお寺に葬儀をお願いしなければならないというわけではありません。無宗教で葬儀を行う人も一定数います(※2 無宗教葬が17.8%と仏式に次いで多い)。また、葬儀の時はなにかとあわただしいため、葬儀を終えたあとにゆっくりと宗派を決めて今後の供養のためにお坊さんを探す、ということも可能です。
4. 各宗派の特徴
仏教という一つの大きな宗教なのに、どうしてたくさんの宗派に分かれているのでしょうか。仏教の場合は、インドで生まれたものが、北方はチベット、中国、朝鮮半島、日本へと、南方はスリランカやビルマを通じて東南アジアへと広がりました。気候や風土によって生活様式や社会制度も異なります。暮らしの中にとけこむべき宗教は、必然的にさまざまな形に変容し、いろいろな宗派に分かれていきました。逆の言い方をするならば、2500年前のインド社会で生きられたお釈迦様の言葉が現代社会で通じるはずもなく、「仏教がアップデートを繰り返す中で、さまざまな宗派に分派していった」といえます。
4-1. 日本仏教の分派
仏教が日本に伝わったのは538年といわれ、日本仏教の基礎を作ったのが聖徳太子(574-622)であり、法隆寺や四天王寺を建立しました。
飛鳥時代から奈良時代にかけての仏教は、いわば中国から輸入した当時、最先端の思想でした。そのため、仏教寺院は学問機関としての性格が強く、そこから生まれたのが南都六宗、つまり当時の都である奈良(南都)を中心に栄えた6つの宗派(三論宗、成実宗、倶舎宗、法相宗、華厳宗、律宗)です。南都六宗は、現在の「宗派」よりは教義を学び合う「学派」と捉えられるべきだと言われています。
平安時代に入ると、2人のスーパースター最澄と空海が生まれます。日本仏教の拠点は都から山上へと移り、最澄の天台宗は比叡山に延暦寺を、空海の真言宗は高野山に金剛峰寺を創建し、いまでも厚い信仰を集めています。
鎌倉時代、比叡山延暦寺からさまざまな高僧が生まれ、いろいろな宗派を起こして教団を組織していきます。浄土系では、法然の浄土宗や親鸞の浄土真宗、融通念仏宗や時宗などです。出家者だけではなく、だれもが等しく救われるという庶民にも分かりやすい教えが熱狂を集めました。信仰の対象を阿弥陀如来に特化し、いろいろな難しいお経よりも、「南無阿弥陀仏」の念仏が大事なのだと説いたのです。
禅系では栄西の臨済宗、道元の曹洞宗、隠元の黄檗宗(成立は江戸時代)があり、これらをまとめて「禅宗」と呼びます。禅宗では、目に見えない霊魂や来世に捉われることなく、自分自身に向き合い、自分の中にある仏性(仏になれるための要素)を大切にするよう説きます。そのため、日々の生活そのものが修行と捉え、自身と向き合うために坐禅や禅問答を行います。
法華系は日蓮が開いた日蓮宗を中心とした潮流です。日蓮宗は、かつては法華宗とも呼ばれ、『法華経』の教えこそが悟りのすべてとしています。日蓮本人のカリスマ性もあいまって、多くの信仰を集め、独自の潮流を生みました。
こうした各宗派はさらに細かく分派しています。たとえば真言宗は古儀真言宗(高野山派、東寺派、善通寺派など)と真義真言宗(豊山派、智山派など)。浄土真宗は本願寺派や大谷派など10に分派し、日蓮宗も一致派と勝劣派などからたくさんの宗派に分かれています。
4-2. 宗派別の特徴
それでは日本仏教の代表的な宗派7つについて解説いたします。宗派の特徴やどんな教えを説いているのかを知っておくと、自分で宗派を決める時により納得できるものになるでしょう。
天台宗
【本尊】阿弥陀如来、釈迦如来、薬師如来など
【本山】比叡山延暦寺
【開祖】最澄
天台宗の一番の特徴は、「総合仏教」という点です。真言宗が密教、浄土系が念仏、禅系が坐禅、法華系が『法華経』を重んじるのに対し、天台宗はこれらすべてを行います。鎌倉仏教の高僧たちはみな比叡山で修業し、その中で最も自分が信じられるものだけに特化して各宗派を生んでいきましたが、天台宗はまさに「日本仏教の母」と言えるでしょう。
真言宗
【本尊】大日如来
【本山】高野山金剛峰寺など
【開祖】空海
真言宗の特徴は「真言密教」です。瞑想や儀礼や祈祷などを重んじます。これらは感覚的に拠るところが大きく、言語化がしづらいことから「秘密教=密教」と呼ばれています。言語化しづらいということは、それだけ後世に広がりを見せづらく、同時期に始まった天台宗の方が後世に与えた影響は大きいとされています。しかし開祖の空海は日本仏教界のスーパースターであり、一代でまとめあげた宗教体系は今も生き続けているとして高く評価されています。四国八十八か所巡礼など、空海ファンは日本各地にいます。
浄土宗
【本尊】阿弥陀如来
【本山】知恩院(鎮西派)永観堂(西山禅林寺派)など
【開祖】法然
浄土宗は、阿弥陀如来を信心して「南無阿弥陀仏」の念仏を称えることで、来世には極楽浄土に往生できる、と説いた宗派です。仏教は苦しみからの解脱を目指す宗教ですが、人が生きる上で最も大きな苦しみが死。浄土信仰は、死の苦しみを乗り越えるために人気を集め、いまなおたくさんの人に信仰されています。
浄土真宗
【本尊】阿弥陀如来
【本山】西本願寺(本願寺派)東本願寺(大谷派)
【開祖】親鸞
浄土真宗は、法然の弟子の親鸞が開いた宗派です。阿弥陀如来の力によって極楽往生するという教えは浄土宗のままですが、親鸞自身は「私のような愚かな人間でも阿弥陀様は救って下さる」とし、出家をせずに半僧半俗のスタイルを貫きました。髪を伸ばし、僧侶がしてはならないという妻帯や肉食も厭いませんでした。現在でも浄土真宗には「出家」という考え方はありません。また、阿弥陀如来ただ一つを信仰するため、先祖の霊魂が宿るとされる位牌も祀りません。その分かりやすい教えから、現在でも日本一の信者の多い宗派です。
臨済宗
【本尊】釈迦如来
【本山】妙心寺(妙心寺派)建仁寺(建仁寺派)など
【開祖】栄西
臨済宗は禅宗の一派です。特に鎌倉時代や室町時代には朝廷や武家と結びつきが強く、「わびさび」に代表される禅的な日本文化との親和性が高い宗派です。お寺にお参りに行っても禅宗様式の境内や寺院建築を味わえ、心を落ち着けることができます。臨済宗は「禅問答の臨済宗」と言われています。煩悩だらけの人間が師匠との問答を通して、迷いから脱しようとします。
曹洞宗
【本尊】釈迦如来
【本山】永平寺、総持寺
【開祖】道元
曹洞宗も禅宗の一派です。臨済宗が朝廷や武家と結びついたのに対し、曹洞宗は日本各地の庶民の中に入っていき、布教に努めました。寺院の数は1万5千にもおよび、日本で最も寺院を持つ宗派です。両山本山と呼ばれ、永平寺(福井県)と総持寺(神奈川県)の2つの大本山寺院があります。曹洞宗は「只管打坐の曹洞宗」と表現されます。禅問答を重視する臨済宗に対し、「とにかく座れ」というスタンスなのです。なにかの目的のために坐禅をするのではなく、坐禅そのものを悟りの目的としています。また、日々の生活の中に自分自身を見つめるため、掃除や洗濯や食事などの日常生活そのものを修行と捉えています。
日蓮宗
【本尊】法華曼荼羅
【本山】身延山久遠寺
【開祖】日蓮
大乗仏教の集大成と呼ばれる『法華経』。大乗仏教の集大成と呼ばれている『法華経』の教えをこそ、日蓮宗では第一にしています。『法華経』には、誰もが平等に成仏できると説かれており、「一乗妙法」(いちじょうみょうほう:どんな人でも平等に成仏させる)、「久遠本仏」(くおんほんぶつ:お釈迦さまの永遠の生命)、「菩薩行道」(ぼさつぎょうどう:私たちが生きているこの社会での実践)の3つの言葉にまとめることができます。日蓮自身は、『法華経』の布教のために他宗を非難することもありましたが、迫害にも負けない熱烈な人間性はいまなお大きな人気を集めています。
宗派が分からない時は、まずはお寺や親戚の人に尋ねてみて、それでも分からない場合、あれば仏壇やお墓を細かく見てみましょう。これといった宗派がないが、宗派を選ぶ必要がある時には、葬儀社や業者から勧められるがままでも構いませんが、まずは自分が仏教の宗派について調べてみることも大切です。大事な家族の供養をお願いするかもしれないわけですから、納得いく形で宗派を決められたらいいですね。この記事がその一助となれば幸いです。
(※1)(※2)
エンディングデータバンク「葬儀における宗教の割合」2014年(外部リンク)